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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第六舞 微笑み

 あれから六日が経った。妖は全く現れなかった。それならそれで怖い思いをしなくていい。いつも通り下女の仕事をこなしていた。


 今日は御苑の外壁の掃除だった。偶然愛華も同じ担当らしく、共に掃除場所に向かっていた。すると、黄色い声が耳を刺すように聞こえてきた。人だかりができている。


「……なんだろ」

「きっと藤ノ宮様だよ!行ってみよ!」

「えぇ〜」


 愛華に引っ張られ人だかりに近付く。下女や侍女の集まりだった。人だかりを掻き分けていくと中央が見えてくる。人だかりの中で頭が飛び抜けている人物。愛華のいう通り藤ノ宮だ。集まる女たちに優しく微笑みかけている。その微笑みは日和の背筋を凍らせた。


 日和に以前向けられたのは有無を言わせない微笑みだった。対して今はただ女を虜にしてしまう微笑みである。女たちは顔を真っ赤にさせて藤ノ宮に見惚れていた。日和は引くしかなかった。


(何あの人、この前とは別人じゃん。あの冷たい視線は圧のある微笑みはどうしたんだよ)


 あの微笑みと優しく話しかける態度なら、評判が良いのもわかる。顔は良いのだ、顔は。 


「私、もう行く」

「もういいの?」

「もう十分」


 見つからないようさっさと人だかりから遠ざかる。すたすたと歩く日和をちょこちょこと愛華が追いかけてくる。


「日和〜、歩くの速いよ〜」


 愛華の疲れた声に日和は足を止める。


「私に合わせなくても藤ノ宮様の所にいていいんだよ?」


 愛華を無理に付き合わせているのだとしたら申し訳ない。しかし愛華はにこ〜っと笑う。


「全然。私そこまで興味がある訳じゃないから大丈夫だよ〜。それより日和とお話しする方が楽しいし〜」

 意外だった。あんなに紫苑について熱弁していたのに。


「惚れ惚れしているんじゃなかったの?」

「うん?あ、あれはそういう人が多いからそう言ったんだよ。憧れの存在ではあるんだけどね、周りの下女や侍女の惚れ惚れ度がすごいんだよ〜。まぁ、気持ちはわかるんだけどさ〜」


 確かにすごかった。度を超えている気がする。あれでは紫苑は身動きが取れないだろう。


「下女ってさ、ここでは下働きじゃん?お給料も少ないし上から文句言われても言い返せないし。下女は身の回りのお世話をしていれば良いって考えの人が多いんだよ」


 愛華の表情が少し暗く見える。愛華は親に捨てられたと以前話してくれたことがあった。下女は親に身売りされたり、捨てられたりした子供たちが多いという。御苑という狭い世界で生活するのは苦痛だろう。食事だって、最低限の物しか出ないし、寝る所も硬い床に薄い布団一枚引くだけで体が痛くなる。ただ、捨てられて死ぬ間際に拾われた子供にとっては、例え狭い世界でも生きることができる場所なのだろう。ここで働くのが苦痛か、幸せか。それは人それぞれなのである。


「でもそんな日々の中で下女にも声をかけてくださる藤ノ宮様は本当に優しいと思うんだ。生きてて良かった〜、毎日仕事頑張ってて良かった〜って感じられるんだよ」


 愛華はまたいつものように明るく笑う。彼女はきっと強い子なのだろう。元気で明るいところが愛華の良いところだ。


「そういえば、日和はどうしてここに来たの?身売り?」

「まあそんなところかな。私を育ててくれている叔父さんが伝統芸能の劇場を経営しているんだけど、最近は儲けがなくて。納税できないからってここに売られた」

「まさかの納税代わり」

「そ。だからか納期が短いんだけどね」

「それにしても伝統芸能の劇場経営なんてすごいね〜。どんなのがあるの?」


 愛華がきらきらした瞳で見つめてくる。思わぬ食いつきだった。日和は少し心が弾んだ。


「歌舞伎、お琴、童歌わらべうた、舞踊が主かな。他にもいくつかあるよ」

 「すごーい‼︎日和は!何かできるの!」


 詰め寄ってくる愛華。思わず後退りする。


「うーん、舞踊はそこそこ。他は基礎程度かな」

「うわあ、すごいなあ」


 愛華は羨ましそうに呟く。良いことないよ。そう呟こうとして飲み込む。裏を見せるのはやめておこう。夢があるから伝統芸能に素晴らしさを感じてもらえるのだ。


 外壁に辿り着くと黙々と作業を始める。作業中も愛華の言葉が引っかかっていた。下働きばかりの下女にも優しくしてくれる藤ノ宮様。日和は溜息をつく。


(そんな人がなんで私には当たりが強いかなー。そんなに妖に恨みがあるのか?)


 優しくされたいわけではない。普通に接してもらえれば十分である。理不尽な対応だけが気に食わない。

 愛華からは死角の場所で掃除を進める。子狐はその辺りを走り回っている。ここなら子狐に話しかけたりしても怪しまれないだろう。


子狐は走り回っては日和のところに戻ってきて仕事姿を眺めている。そしたらまた走り回る。それを繰り返している。


「そう言えばあんたに名前はあるの?」

「クゥン?」

「わかんないな。そうだ、名前つけてあげようか」

「クゥン!」


子狐が嬉しそうに飛び上がる。日和は掃除しつつ頭を働かせる。白い毛並み、可愛らしい容姿…。ふと思いつく。


「雪に葵で雪葵ゆき、とかどう?」


雪はそのまま毛並みの白さ、葵には可愛らしいという意味を持つ。子狐に似合っていそうだ。


「よし、あんたは雪葵!」

「クゥンクゥン!」


 子狐はさらに飛び上がっている。お気に召したようで何よりだ。

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