第十五舞 反帝軍
反帝軍。それは名の通り帝、つまり天皇陛下に反発する平民の組織のこと。御苑の近くには御苑を、天皇陛下を監視する幕府の組織があるが、その意図を履き違え、天皇陛下の命を狙う。
反帝軍の平民達は普段はあちこちに点在している。反帝軍の存在は以前から聞いていたが、彼らが御苑に危害を加えたことは一度もない。せいぜい組織内で悪口を言い合っているだけ。そう認識していた。しかし近頃、集会を行うという報告を秋人から聞いた。
紫苑は執務室の座卓の前で頭を抱えていた。面倒な話が舞い込んできた。集会というくらいなのだから、数人の集まりではないだろう。もし大規模な集まりなのだとしたら、何か動き出そうとしている可能性が高い。反帝軍に関係のない書類を見つめながら溜息が出る。
「どう致しましょう。明日、葉ノ宮様にもご報告する予定ですが」
「そうだな、適任は葉ノ宮だ。とはいえ、今は何もできないだろう。反帝軍という組織であるとはいえ、相手は平民だ。あちらが仕掛けてこない限り、こちらも手が出せない」
御苑が平民に制裁を下すのは簡単ではない。その平民がまだ直接何かしていないのなら尚更だ。下手すれば周りからの反感を買うことになる。そして不満を持った平民によって反乱が起きれば、数で押し切られるだろう。それは絶対に起こしてはならない。
「もう少し様子が見たい。潜入できる者はいるか?」
「現在、数名に集会場所を探るよう潜入の指示を出しております」
「早めに探し出してくれ」
「御意」
秋人が執務室を出て行くと同時に紫苑は深く息を吐いた。
「厄介なことにならなければ良いのだが」
紫苑の重い声が静かな部屋に響き渡った。
数日後。紫苑の元に突如、来客があった。赤い衣を身に纏い、侍女を連れた女性。紫苑にのみ礼儀のない女貴族は紫苑の許可を得る前に、ずけずけと執務室に入ってきた。紫苑の顔が迷惑そうに歪むが、それを気にせず果莉弥は口を開く。
「面倒な話が来ているようね」
「何故知っている」
「これ見てちょうだい」
果莉弥の合図で遠子が一つの着物を紫苑に差し出す。手に取って紫苑は目を見開く。ただの着物ではなかった。模様だと思われた線は殴り書きされた文字。しかも天皇陛下への反抗的な言葉ばかりだ。果莉弥は目を伏せる。
「こんな物、陛下には見せられないわ」
紅ノ宮は衣服を取り扱う仕事を担っている。今朝、届いた荷物の点検中に見つけたらしい。このようなことをする輩は一つしか思いつかない。
「…反帝軍か」
「最近、動きが活発になってきたそうね。可能性は高いと思うわ」
「反帝軍については秋人に頼んでいる」
秋人は反帝軍についての情報を集めに尽力している。少しでも早く、多くの情報が必要だ。
「それなら葉ノ宮も動き出したそうよ」
「…そうか。早く解決すると良いんだが」
紫苑の気は変わらず重い。
「暁ノ宮の所には頻繁に様子を見に行くべきかもしれないわね」
「頻繁に俺が出入りすることで居場所を特定されては敵わん」
「だからと言って放置するわけにもいかないでしょう。そもそも心配で居ても立っても居られないんじゃない、お兄ちゃん」
「…冗談はよせ」
紫苑が果莉弥を睨む。
「冗談じゃないわよ〜」
「果莉弥様。そろそろお時間です」
遠子の声かけに果莉弥は膨れる。まだ話したいことがあるようだ。紫苑は手をひらひらとさせて、追い出す。
「こっちも仕事があるんだ。さっさと行け」
「もぅ、全く。私には良いけれど他の女性にはもう少しくらい優しくしなさい」
果莉弥は文句を言いながら執務室を出て行った。紫苑は頬杖をついて視線を落とした。
「…それは上辺だけで十分だ…」
そういえば最近、見目麗しい人が来ていないな。ふと思う。忙しいのだろう。当然だ、彼も貴族なのだから。お陰でかなり清々しく日々を送れている。
「雪葵、体は大丈夫そう?」
日和は雪葵が療養されている部屋にいた。雪葵はにかっと笑う。
「もう全然平気なのになあ。もう傷ないもん」
「そんなわけないでしょ。まだ一日しか経ってないんだよ。あれだけの傷なくなるわけ…」
「じゃあ見てよ!」
雪葵がずいっと日和の目の前に腕を出してくる。彼の言う通り、傷も痣も一つもなかった。思わず腕を掴む。
「え!え、なんで?」
「寝たら治ったの。だからもう元気!」
妖だからこその治癒力だろうか。元気になったのは嬉しいことだが、あまりに早すぎて結亜達が怪しんでしまう。もう暫くは療養中でいるべきだ。
「悪いけどもう少し寝てて。少なくとも一週間」
「え、長くない⁉︎早く走りたい!」
「日和!日和!」
結亜が部屋に入ってきたことで話が中断される。結亜は雪葵が起きていることに気づく。
「雪葵、大丈夫…?」
「うん!大丈…」
「もう横になってた方がいいよ!人間、一日二日で走り回れるようにはならないしねっ」
雪葵が不満げな顔をしつつ布団に潜った。無理やりではあるものの、怪しまれることは回避できそうだ。
「結亜様。私に何かご用件ですか?」
「あ、そうなのっ。こっち来て!」
笑顔の結亜に袖を引っ張られ、結亜の部屋に連れて行かれた。そこには綺麗になった箏が置かれていた。
「新しい曲が弾けるようになったの!聞いて聞いて」
「本当ですか。是非聞かせてください」
結亜が箏の前に座り、弦を弾く。楽しそうな様子を見て、数ヶ月しか経っていないが、随分成長したなと感じていた。日和や愛華にも怯えることなく普通に接してくれるようになった。それどころか結亜の方から話しかけてきたり、遊びに誘ってくれるようになった。初めて出会った時の結亜とは別人だ。街に出掛けてからは外出していないが、結亜が毎日楽しそうにしているのを見て、安心する。けれど、先日のことを思い出す。
「?日和?」
「…結亜様は、街で子供達に囲まれた時、怖かったですか?」
わかりきったことを聞く。結亜は俯くことはなく微笑んだ。
「うん、怖かった。けど、雪葵や日和、宗悟さんが助けてくれたの嬉しかった。ありがとう」
不意な言葉に日和の瞳が潤む。いけない、と日和は首を振って顔を上げた。
「ありがとうございます、結亜様」
「うん?あ、この曲も弾きたいの。けど、わからない所があって…」
結亜が楽譜を持ってくる。日和はその楽譜を覗き込んで結亜に教えた。




