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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
54/114

第十一舞 演芸会

 静かな部屋の中。低い声が響く。


「それで、あの侍女の働きはどうだ?」


 用件を伝えにきただけなのに雑談を延々とされる。それが終わったかと思うと次は相手の質問の時間が始まる。その質問は紫苑にとって基本どうでも良いであるので軽く受け流している。


 しかし今回は紫苑が話そうとしていた内容でもあった。その為、真面目に答える。


「とても良い働きだと聞いております。あの蘭ノ宮と仲良くできているようで」


 天皇は満足そうに髭を撫でる。


「そうか。喧嘩をした時はどんな人物かと思ったが、有能そうだな。さすがお前が気に入った侍女だけのことはある」

「……なんのことでしょう」

「とぼけるつもりか?お前の顔を見ただけでよくわかる。普段は無表情で淡々と用件だけを述べていくのに、あの侍女の話となると表情がころころと変わっている」


 紫苑の顔が引き攣る。顔に出しているつもりはなかった。この人にそれを言われるとは…最悪だ。


 長居は危険だと察し、立ち去ろうと頭を下げる。


「では、私はこれで…」

「あと。ここは今二人だけだ。もう少し砕けても良いのではないか?」


 天皇の言葉に紫苑の頭を下げたまま言葉が止まる。しかし顔を上げると微笑んだ。


「何を仰いますか。陛下は国の頂点である御方。私はその下にいる大勢いる貴族のうちの一人。この差はとてつもなく大きい。それは陛下もご理解していらっしゃるでしょう」


 間髪入れず「では、失礼致します」と部屋を出た。


 襖の前で秋人が待っていた。紫苑を見つけると一礼する。


 紫苑は早歩きで天皇のいる部屋から離れる。それに秋人も付いて歩きながら紫苑に小さい声で話しかける。


「面倒なことを言われたようですね」

「……全くだ」


 秋人には会話の内容が聞こえていないはずだが、紫苑の表情が物語っていたのだろうか。最近、表情が崩れ始めている。気が緩んでしまっているのかもしれない。引き締めなければと思った。


 秋人はそれ以上聞いてこない。紫苑にとっては有難いことだった。秋人なら聞いても問題ない話でも、紫苑が話さない限り触れてこない。


 彼は紫苑をよく理解している。昔から彼は人の様子を伺うのが上手であった。その人の様子を理解した上で適切な対応ができる。彼は優秀だ。だから、彼を側近として選んだ。


 早く屋敷に戻ろう。天皇の長話のせいで、紫苑の執務室の机は書類で埋め尽くされていることだろうから。



 すっかり陽が沈んだ頃、雨が止んだおかげで日和は無事、結亜と愛華を屋敷に連れ戻せた。沙良は結亜の姿を見るなり涙を流し、結亜を優しく抱きしめた。「良かった、良かった…」と叱らずただ安心する沙良を見て、申し訳なくなった結亜も泣き出す。愛華は沙良さんに土下座で謝っていた。


 街へ行きたかった。夕飯の時の涙を浮かべながら結亜が発した言葉が頭に残る。結亜と愛華が就寝した後、日和は沙良の元へ行く。今日一日ずっと泣いていたのであろう。目が真っ赤に腫れていた。日和に気づくと沙良は笑う。


「今日はありがとう。結亜様と愛華を見つけてくれて」

「いえ。本当に見つかって良かったです」


 沙良に招かれ、部屋で腰を下ろす。


「結亜様の願望、どうにかできませんでしょうか」

「…街に行くのは危険。屋敷の庭に出るだけでも危ないのに。今回は運が良かったのだけど…」


 沙良の言いたいことはわかる。今回のことが本当に誘拐だったとしたら。一大事どころではない。


 それでも、と日和は思う。大きな屋敷とはいえ、世界に比べたら圧倒的に狭い。結亜が窮屈にしていたのは沙良ならわかっているだろう。それでも結亜を守りたい気持ちを優先させている。沙良自身もずっと悩んでいるのだ。日和は人差し指を立てた。


「沙良さん。どこかお出かけしませんか?警備をしっかり致しますので」

「警備って誰か呼ぶの?」

「はい。…正直嫌ですが、警備としては十分な方を」


 日和には思いつく人物があの人達しかいなかった。



 牛車に揺られ、森を抜ける。日和にとっては見慣れた街が見えてくる。終始、結亜は外の景色を見て無邪気に笑っている。その横で愛華もはしゃいでいた。


「それで、私を」

「はい。秋人さんなら護衛をお願いできるかと思いまして」

「おい、私もだろう?」

「あー…そうですね。一応護衛になっていただけるでしょうと」

「…私、お前より立場上だからな?わかっているよな?」


 紫苑が左で項垂れる。日和は秋人を所望したが、予想通りおまけで主がついてきた。いざとなったら二人とも心強いのは確かだ。いてくれて困ることはない。絡んでこなければの話だが。


「それより、どうして私が御二方の間に座ることになっているのですか?」

「仕方ないだろう。この長椅子に四人はいくらなんでも狭いだろうから」


 向かい側に愛華、結亜、沙良の順に座っている。日和もそちらの長椅子に座ろうとしたが、紫苑に裾を引っ張られ、紫苑の隣に座らされた。日和の隣に秋人が座ったのだが、紫苑との微妙な間が空けさせられたので秋人との距離が異常に近くなる。狭くないだろうかと心配したがこれ以上どうしようもない。雪葵は日和の膝でのんびりと眠っていた。


「それで、どこに向かうつもりだ?」

「藤ノ宮様も一度行かれたことのある場所です」


 紫苑は理解したらしい。最近も足を運んだのだから当然だろう。紫苑にとってはただ単純に忘れ慣れない場所なのだが。


 牛車が止まったのは伝統芸能の館である。箏好きの結亜なら必ず興味を示してくれるだろうと思ったのだ。前もって文は送っておいた。


「日和〜!」


 館の扉を開けると誰かが両手を広げて駆けてくる。そして日和に飛び込んできた。見事に下敷きになる。


 苦しくて意識が飛びかけた瞬間、体の上が軽くなった。目を開けると光が薫を引っ張り上げていた。ひょろっとした光にそんな力があることに驚いた。


「大丈夫?日和」


 薫をそこら辺に投げ捨て、日和に手を差し伸べる光。その手を取って立ち上がると、後ろから痛い視線を感じたが気にしない。


 紫苑と結亜を劇場の中に通す。結亜は沙良の後ろに隠れているものの、興味があるようで瞳を輝かせながら周りをきょろきょろと見回している。愛華が一番前まで駆けていき、結亜を呼んでいる。沙良と一緒に結亜は一番前に行き、愛華の隣に座った。


「可愛い子達だね」


 いつの間にか日和の横にいた凛杏が微笑む。そういえば、凛杏は子供好きだったなと思い出す。


「お一人皇族の方だから敬称使ったほうが良いよ」

「そうだね、失礼」


 光達は芸の準備で裏に行った。日和は愛華の後ろに座る。その横には紫苑が座った。思わず顔を顰めてしまう。紫苑も同じように顔を顰める。


「なんだ」

「いえ、何も」

「…今回は踊らないのか?」

「はい、今は結亜様の侍女という立場ですから」

「そうか」


 残念そうな、でも安心したような声が聞こえてきた。日和は紫苑をちらっと見る。結亜を見つめる彼の横顔はとても優しかった。時折、光が日和達を見つめる顔によく似ていた。


 伝統芸能は結亜にとってとても魅力的だったのだろう。食い入るように見入っていた。愛華も夢中になって体が前のめりになる。日和は舞台に出過ぎないように愛華の襟を掴んでいた。紫苑には怪訝そうな顔をされた。


 後ろからでも結亜の様子がよくわかる。歌舞伎には顔の怖さに体を硬くしていたが、童謡で楽しい歌に体を揺らし、箏では立ち上がりそうなくらい背筋を伸ばし、しっかり見つめていた。連れてきて良かったと感じた。


 舞台が終わっても結亜はまだまだ足りないようで舞台を見つめている。どうしようか、と考えていると凛杏が箏をもって舞台に出てきた。それに続いて薫も箏をもって現れる。薫も弾くのかと思っていたが、薫は箏を舞台の床に置くと結亜に近づいて手を差し伸べる。なるほど、そうきたか。結亜は怯えて沙良に隠れている。人見知りに薫はめげない。


「あのお姉さんがお箏を教えてくれるんですって。良かったらどうですか?」


 珍しい薫の敬語に彼女も大人だなと失礼な感心をしてしまう。結亜の瞳が輝く。沙良にも後押しされ、恐る恐る立ち上がる。けれど一人は怖いらしく、沙良も一緒に舞台に上がった。


 結亜は緊張しているようで顔を引き攣らせて箏の前に座る。凛杏が優しく箏の弦を一つ弾く。ぽーんと音が劇場に響く。凛杏が結亜を見る。結亜も同じ音をゆっくり弾く。同じように音が響く。次は凛杏が二音弾く。結亜も真似する。結亜の緊張が解けていっているのがわかる。固く閉じていた口元が緩み始めていた。日和は安心して、お茶を出す為に立ち上がった。


 雪葵は箏の音に耳を傾けながら丸まっていたので、一人で叔母に声をかける。台所でお茶と菓子を用意していると、後ろに気配を感じた。日和は溜息をついて少し振り返る。


「ついてこなくて良かったのですよ?」

「それは俺の勝手だろう」


 紫苑はそう言うと、お盆に用意した団子を一つひょいと食べた。日和はムッとする。


「藤ノ宮様は向こうでは菓子はなしになりますよ」

「構わん。今食べたかったのだ」


 紫苑が何か話しかけようとしたのがわかり、横をすっと通り過ぎる。失礼なのは承知だが、二人で話をする気にはなれなかったのだった。

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