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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第十舞 雨の足跡

 半刻前。雨が降ってきた。一気に激しくなり、視界が悪くなる。日和は体を強張らせながらそれでも走る。 


 周りは暗い。足元が悪い。今にも滑ってしまいそうだ。


 日和はとにかく早く、早く見つけなければ、と焦りが強くなっていた。けれど森はどこを見ても同じような景色であり、また二人の目的もわからず、あてがない。手当たり次第探すしかない。


 ただこの雨の中、歩き回るとは考えにくい。となるとどこか雨宿りできる所を探しているのだろうか。


「雪葵。二人の匂いがわかったりしない?」

「うーん。鼻は効く方だと思うんだけど、森と雨の匂いが強くてあまりわからないなあ」

「そっか…」


 日和と雪葵はずぶ濡れになっていた。草履は泥でどろどろだ。着物と前髪は雨でぴったりと体や顔に張り付き、走りにくい。けれど体を無理やり動かす。跳ねた泥が頬につき、雨で落ちる。


 雪葵の白い毛並みが泥で汚れている。日和の着物も泥で汚れているが、気にしている暇はない。


 もし結亜が見つからなければ。紫苑の厳しい瞳が思い浮かぶ。それだけじゃ済まない。天皇の姪。確実に日和は首を刎ねられるだろう、物理的に。それは御免だ。それなら山奥に監禁、にしてほしいと思うのだが、生憎それも嫌なわけで。


 沙良も心配である。責任を感じすぎないと良いのだが。自分のことは一旦置いておこう。今は結亜と愛華を見つけなければ。


「一体どこ行ったの!」


 怒りと心配と焦りで声が漏れる。勝手に屋敷を出るなんて何を考えているのか、こんな手当たり次第で見つかるのだろうか、早く見つけなければ、と色々な感情が混ざり合って気持ちが悪い。


「!待って!」


 雪葵の声に立ち止まる。雪葵は宙の匂いを嗅いでいた。


「ここにさっきまで妖がいたみたい」

「妖が…。二人とも無事だと良いんだけど……ん?」


 俯いた日和は何かを見つける。それは足跡だった。大きさが二つある。一つは日和と同じくらい、もう一つはそれより一回りほど小さい。


「これって…」

「……この足跡から微かに愛華の匂いがするかも。本当についさっきまでここにいたのかもしれないよ!」


 雨で見えにくいが、目を凝らすと足跡が続いているのがわかった。


「この足跡を辿ろう、消えてしまう前に」

「うん!」


 辺りが暗くなってくる。打ちつける雨が痛く感じてくる。体も冷えてきた。


 足元を凝視しながら進んでいく。しかし、足跡が途中で途切れる。


「…くそっ」


 日和は悔しそうに舌打ちする。雪葵は心配そうに日和を見ながらも匂いを探す。


 途方に暮れながら顔を上げると洞窟が見えた。ハッとして急いで駆け寄る。


 中を覗くとそこには何故かお互いに抱きつきながら震えている二人の後ろ姿があった。思わず日和は安堵で大きな声を出した。


「いた…!」



 結亜と愛華が振り返るとびしょ濡れの日和が肩を大きく上下させながら洞窟の入り口からこちらを覗いていた。二人は安心して笑みが浮かんでくる。日和は二人に近づく。愛華が日和に抱きつこうとした時だった。


 パチンッ!


 愛華が右によろけ、左頬が赤くなる。愛華はよろけた状態で動かない。結亜も息を呑んで固まっている。日和は右手を下ろす。その手も赤くなっていた。


「わかっているよね、愛華」

「……ごめんなさい」


 日和が静かに言う。愛華は涙を浮かべている。


「…あ、あの…」


 結亜が日和に話しかけようとおどおどする。日和は結亜に厳しい視線を向けた。それだけで気弱な結亜は萎縮してしまった。


「結亜様も反省なさってください。沙良さんがどれだけ心配しているか」

「……ご、ごめんなさい…」


 結亜が俯き、衣類をぎゅっと握る。日和はそんな二人を見て、大きく長い溜息をついた。


「まあ、お二人とも無事で良かった…」

「…ごめんね、日和」


 愛華が日和を見る。日和は表情を少し和らげた。


「それは沙良さんにもちゃんと言うこと。結亜様もですよ」

『はい…』


日和は洞窟の外を見る。先程よりかは治まっているが、それでも雨はしっかりと降っている。この状況ではまだ帰るわけにもいかないだろう。日和が考えていると、洞窟の奥から低い音が聞こえてきた。結亜と愛華がびくっとする。


「さ、さっきから何かがいるの」

「……」


 日和は耳を澄ました。音の正体に気付き、雪葵を見る。雪葵も気付いたようで真剣な顔で頷いた。日和は二人を振り返る。


「奥見てきますね。二人は絶対にそこから動かないでください。絶対ですよ」

『……はい』


 日和の念押しに愛華と結亜は項垂れる。日和と雪葵は足音を立てないよう静かに奥に進んだ。


 洞窟の中は奥に進めば進むほど暗い。深さはどれくらいあるのだろうか。外はすでに陽が落ちている為、外までの距離も測れない。壁に手を当てて慎重に歩いていく。


 低い音、声は奥に進むにつれ大きくなっていく。日和は小さな声で話しかけた。


「この気配、妖だよね?」

「うん。ただなんだか苦しそうな呻き声な気がする。早く行ってみよう」


 視界がほんの少し明るくなる。洞窟の外の雨はまばらになっていた。日和達は光景に目を見張る。


 大きな滝が勢い良く水を流している。そしてその横には土砂を被った大きな倒木に挟まれ、苦しそうに唸る巨大熊がいた。上の崖が大雨によって崩れたのだろう。熊とはいえ妖だ。日和と雪葵は警戒しながらも熊妖に近付く。


「雪葵、この妖は……」

「助けてあげよう。それでもし、襲いかかってくるようなら僕が止めるから。日和は下がってて」


 雪葵が一人で熊妖に近寄って行く。頼もしくなったなと感じる。


 近付いてくる雪葵に熊妖は気付く様子はない。雪葵はある程度の距離を詰めると大きく息を吸って、勢いよく吐いた。


 口から炎が吹き出される。その炎はあっという間に倒木を燃やし始めた。


「ゆ、雪葵…!」


 日和は思わず一歩踏み出す。けれど雪葵はにこりと笑っていた。


「大丈夫。あの妖には炎は移らないらしいから」

「らしい?」


 首を傾げている間に倒木は全て灰となり、それと同時に炎も消える。熊妖は火傷一つなかった。


 熊妖がふらふらと近づいてくる。そして日和達を見下ろした。


「…狐、助かった。礼を言う」

「ううん、全然。体は大丈夫?痛くない?」

「これくらい平気だ。大した傷ではない」


 熊妖は安全だと感じ、日和は近付く。


「もしかして、あの崖の上にいたの?」

「…人ノ子…。そうだ、そこにいたのだが、大雨で足元が崩れた」

(それで大した傷じゃないってどれだけ頑丈なの)

「気を付けてね」

「ああ」


 そう言って熊妖は森の中に消えていった。


「……雪葵って炎使えたんだっけ?」

「うーんとね、最近知ったの。雫が教えてくれた」

「すごいね。というか、それならさっきの洞窟で灯りになってくれたらよかったのに」

「あ…気づかなかったや」


 雪葵がえへへと笑う。洞窟の中に戻った時は灯りになってくれた。


 帰る途中、日和は変なことを考えていた。


(名前に『雪』って付けるの間違えたかな…)

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