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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
暁ノ宮編
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第七舞 来訪

 沙良に叩き起こされる。眠い目を擦りながら起き上がる。現在、紫苑がこの離れに向かっているらしい。それを聞くと日和は慌てて着替え始めた。髪を纏めて簪で止めようとし、先日愛華に選んでもらった桜の簪を思い出して、それを手に取り髪に挿した。


 結亜の部屋に行くと結亜も愛華も眠そうだった。日和と同じく沙良に叩き起こされたのだろう。取り敢えず、ここにいる誰よりも身分の高い人が来るのに、眠そうな目をするのは御法度だ。結亜と愛華に顔を洗わせ、目が覚めるようにぱちぱちと頬を叩いた。多少頬が赤くなったが、大丈夫だろう。化粧の一つだと思えば良い。


 すっかり目が覚めた愛華は何故か日和にぬいぐるみを渡してきた。結亜や沙良にも渡している。結亜が持つのは良いものの、他の三人はぬいぐるみを抱える年齢ではない。しかし沙良が満更でもなさそうだったので、一人だけ持っていないのもどうかと思い、持つことにした。


 すぐに紫苑と秋人は来た。紫苑はいつものきらきらした雰囲気…ではなく、普通ににこやかだ。御苑の時と雰囲気が違うことに違和感を覚える。


 紫苑が屋敷の扉をくぐると、結亜が駆けていく。飛びつこうとしたところで紫苑が手を突き出す。結亜が立ち止まると寂しそうに唇を噛み締めている。


「お兄様…」

(お兄様?)


 日和は怪訝そうに紫苑を見る。紫苑はその表情を見たからなのか、焦って結亜に向かって眉を顰める。結亜が怖がって一歩下がる。


あかつきノ宮。私のことはなんと呼ぶのでした?」


 わざとだとわかるくらいの丁寧な敬語で紫苑は結亜に声をかける。


「…紫苑様」

「…違うが、まあいい」

「藤ノ宮様。結亜様に対して意地悪ではありませんか?」


 日和のジト目に紫苑は視線を逸らす。


「結亜だからこれくらい問題ない。それより久しいな」


 下手な話題の変え方をしてくる。呆れる日和の横で愛華は目をきらきらさせていた。


「わぁ〜、本物の藤ノ宮様だ〜すごーい」

(いや、偽物見たことあるの?)


 愛華もまた普通の女性とは違う。見惚れるのではなく、単に憧れのような眼差しを紫苑に向けている。紫苑は明らかに扱いにくそうな顔をしていた。けれど愛華なので気づかない。幸いだなあと思う。


 紫苑と秋人を結亜の部屋に通す。二人は部屋を見るなり不思議そうな顔をした。


「どうかしましたか?」

「以前来た時と雰囲気がかなり変わっているなと…」

「変でしょうか?」

「いや、良くなっていると思う。結亜が納得しているのだろう?」

「はい、喜んでいただけています」

「ならそれで良い」


 前にも来たことがあったらしい。昨日頑張った甲斐があった。


 愛華がはしゃぎだし、結亜が控えめながら楽しんでいる。愛華の態度が紫苑の気に障るかと思ったが杞憂のようだ。紫苑は結亜の様子を見て少し微笑んでいた。日和はそれを遠くから見つめ、お茶を淹れる為に調理室に行った。


 お茶を濾していると、後ろから足音が聞こえた。日和は振り返る。


「どうされたんですか?部屋でお待ちいただければお茶をお持ちいたしますのに」

「お前に話があるんだ」


 紫苑はずけずけと調理室に入ってくる。日和は近くにあったお玉を手に取り構えた。紫苑が嫌な顔をする。


「なんのつもりだ」

「ただの防御反射です」

「危害を加えた覚えはないぞ!」

(刀を向けてきた奴がよく言う)


 見目麗しい人の機嫌を損ねると後々面倒そうなので、これくらいでやめておこう。お玉を元の場所に戻すとお茶を淹れ出す。紫苑が近づいてきた。


「ここでの生活は慣れてきたか?」

「そうですね。ただ結亜様との意思疎通コミュニケーションがなかなか難しいです」

「そうだな。あいつの人見知りはかなり度が過ぎているからな」


 日和は手を止め、視線だけ紫苑に移す。


「結亜様とかなり親しいのですね」

「ああ。小さい頃から世話をしてきていたんだ」


 天皇の姪を世話するなんてどれだけ高貴な人なんだろうか。


(まあ、私には関係ないか)

「このぬいぐるみ。四人でお揃いか?」


 紫苑が料理室の机の上に雑に横たわった紫色のぬいぐるみを手に取る。


「そうですが」

「それぞれが色が違うようだな。お前は紫か」


 紫苑が何故か少し嬉しそうにこちらとぬいぐるみを交互に見つめている。日和はその様子にむすっとする。


「余り物で仕方なしです」

「なんか癪に障る言い方だな」

「それは失礼しました。お気になさらずとも大丈夫です、多分」

「多分ってなんだ!」


 自分は紫苑を怒らせる天才か何かだろうか。怒らせるつもりはないのだが、どうも嫌なことがあれば顔に出てしまうし言葉にも棘が入る。だがそれは紫苑が悪い。自分の機嫌を損ねる彼が悪い。


 ずっと視線がこちらに向いているせいでお茶を淹れるのに集中できない。日和は顔を顰めて睨みつける。


「まだ何か御用でしょうか」

「簪、変えたのか?」

「あーはい。先日商店街で見つけて愛華が選んでくれました」


 急須に視線を戻す。すると頭に違和感を感じる。簪に触れたのだろう。以前のように勝手に抜くことはなさそうだ。


「桜か。似合っているな」

「そうですか?」


 いつもの戯言だと軽く聞き流して急須を机に置く。後はお盆に乗せて運ぶだけだ。


「桜の花言葉。知っているか?」


 日和は不思議に思いながらも首を横に振る。


「優美な女性。踊っているお前にぴったりだろう?」


 思わず日和はばっと振り向く。紫苑は優しく微笑んでいた。いつもの女性に振りまくきらきらの笑顔でもなく、圧のある微笑みでもない。ただただ優しい顔。日和は恥ずかしくなってそっぽを向く。


(なんだよ、急に…)


 せっせとお盆に湯呑みを乗せる。その間も紫苑は話しかけてくる。


「この屋敷には古い書庫がある。その中に花言葉の本がある。そこで紫苑の花を調べてみるが良い」


 日和は訳がわからないと言おうとしたが、紫苑はさっさと歩き出す。いつの間にか調理室の出入り口にいた雪葵が飛びつき紫苑の手に噛みついた。日和への態度が癪に障ったようだ。「痛ってえ!このやろっ!」と紫苑が手を振り回す。日和は良い気味だと鼻で笑ってお茶を部屋まで運んだ。

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