第四舞 離れの少女
翌朝。昨日の話通り、秋人が牛車に乗って現れた。牛車を降りると日和の膨れ上がった風呂敷二つを持ってくれた。日和は叔母と兄弟の元へ挨拶に行く。叔父は日和が怖いようで家の奥からこちらを見つめていた。雪葵は視えないことを良いことに兄妹達の間を走り回っている。
「じゃあ行ってくるね」
「ゔぅ、いっでらじゃい〜」
「薫泣きすぎ。日和、気をつけるんだよ」
「いつでも戻ってきて良いからね」
兄弟の暖かい見送りに日和は心も暖かくなる。元気よく手を振ると雪葵だけに見えるように手招きをし、一緒に牛車に乗り込んだ。
牛車は動き出し、やがて有明の館が見えなくなる。日和は手を振るのを止め、座り直した。雪葵も日和の膝の上で丸くなる。
「それで、私がお仕えする方はどのような方なのですか?」
「ああ。天皇陛下が大切になさっているまだ齢十の姪御だ。現在は、御苑の離れに住まわれている」
「離れってー?」
「文字通り御苑から離れている屋敷のことだ。歩けば二日、牛車でも一刻はかかる」
「幼い方が住まわれるのに適した場所ではありませんね」
天皇は姪を荒く扱っているのではないだろうか。御苑に行くのでさえひと苦労ではないか。
「ご両親も一緒ですか?」
「いや、ご両親は亡くなられている。離れには一人の侍女と二人だけで住まわれているそうだ」
侍女はたった一人。両親もおらず、叔父である天皇もすぐに会える場所にいない。どれだけ寂しいことだろう。
「何故、姪御を離れに住まわせているのですか?大切になさっているのでれば、傍に置いておいた方が良いでしょうに」
秋人の視線が下がる。そしてまた視線は上げた。
「天皇陛下は何者かに命を狙われる可能性が高い。その傍に居られれば姪御も危険な目に遭ってしまうだろう。そうならないよう、また姪御自身が狙われないよう見つかりにくい離れを選ばれた。離れは存在自体、御苑内でも知られていないからな。街や村に住まうよりかは安全だろうというご判断だ」
(安全、ねぇ〜)
この世に絶対的な“安全“などない。貴族であろうと町民であろうと誰もが“危険“と隣り合わせで生きている。離れにいようが、街や村にいようが、安全が確保されるわけではない。それでも確率の高い方を考え、選ぶ。そうして人は生きていく。
「天皇陛下から侍女を増やせという命があり、そこに和の娘を選んだ。和の娘の他にもう一人侍女がいる。その者は御苑から向かっているそうで、現地で落ち合うことにしている」
「三人でもまだ少なくありませんか?」
「侍女を増やして狙われる危険性を上げるわけにはいかない。それにまだ姪御は仕事をされていない。今いる侍女の負担を軽減するだけで良いらしい」
主を守る為の増員だろうか。離れの存在を知られれば姪を危険に晒すことになる。それを防ぐ為ならば、侍女が最低限であることにも納得がいく。
「僕もお手伝いしようか!」
雪葵はキラキラした瞳で見つめてくる。日和はそれを断る。
「雪葵のことを説明するの難しいから人間にはならないで」
「…はーい」
気付けば目に映る景色は森になっていた。かなり奥深くまで来ているようだ。道も舗装されていないようで、牛車は通常以上に激しく左右に揺れる。これは乗り物が苦手でなくても酔いそうだ。
暫くして牛車が止まった。秋人が扉を開けてくれ、牛車から降りる。目の前には地味でこじんまりとした屋敷が建っていた。古びてはいるが、装飾を見るに貴人の住まいだとわかる。
ふと何か妙な気配を感じ振り返る。けれどそこには何もいなかった。
「ここが和の娘に支えてもらう方のお屋敷だ」
秋人が屋敷前の門番に軽く挨拶して通り抜ける。日和もそれに続くと、秋人は屋敷の扉を開けた。
中も十分豪華だった。壁には木材を使った装飾が施されている。外見も屋敷内もパッと見れば質素だが、よく見れば、高貴であることが伺える。
扉をくぐった広間には先客がいた。少女が一人と武官が一人だ。
日和達に気づいたのか、先客がこちらを振り返る。なんと日和の知っている顔だった。
「えっ、愛華?」
「わあー!日和だあ‼︎」
愛華が日和に飛び込んでくる。こうして飛び込んでくる人が、もう一人年上にいるなと不意に思った。そんなことよりも。何故、愛華がここにいるのだろうか。日和はなんとか愛華を剥がす。
「どうしてここに?」
「侍女にならないかってお誘いを受けたの。それを受けたらここに連れてきてもらったんだ」
愛華が豊富でない胸を張る。下女を侍女にしてまで連れてくるというのはよほど緊急なのか、人手が足りていないのか。
奥の扉が静かに開いた。中から橙色の着物の女性が一人現れる。そして日和達に深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、日和さん、愛華さん」
この人が侍女のようだ。日和と愛華も頭を下げた。
「お初にお目にかかります。本日からお世話になります」
「よろしくお願い致します!」
「よろしくお願い致します。早速ですが、奥へご案内します」
秋人が日和の肩に手を置いて呟いた。
「頑張ってくれ」
「はい」
秋人は手を離すと愛華にも頭を下げる。
「私達はこれで失礼致します」
「武官の方、連れて来てくださってありがとうございました!」
愛華が元気よく礼をする。日和も愛華に倣った。
秋人達を見送ると、侍女の沙良に案内された。廊下を好き放題走り回る雪葵を捕まえる。横を歩く愛華が首を傾げていたが、何事もないかのように歩いた。
一番奥の部屋に着くと、沙良が部屋の中に声をかけた。
「結亜様。新しい侍女を連れて参りました。失礼致しますね」
そうして沙良は襖を開ける。中から籠った生暖かい空気が流れてくる。
部屋の奥には可愛らしい少女がいた。




