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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
42/114

終舞 見目麗しい貴族と天女

 無事やり切った。日和は高揚感が収まらず、舞台袖に下がってすぐ劇場を出て、中庭で外の空気を吸っていた。今日は満月だ。いつもより綺麗に見えた。


 誰かが駆けてくる。この気配は知っている。けれどここにいるはずない。そう思いながらもこんな場面、以前にもあったなと思い出す。あれはもう四ヶ月ほど前だっただろうか。日和はゆっくり気配がする方を見た。


 紫苑には月の明かりに照らされている少女が本当に天女にしか見えなかった。それだけ美しかった。紫苑はゆっくり近づき、思わず手を伸ばす。顔に触れかけた時、避けられた。


「…何していらっしゃるのですか?」


 久しぶりに聞く少し冷たい声。しかし紫苑にとっては懐かしい声だった。それでもまだ緊張していた。


「秋人に無理やり連れてこられた。息抜きだと。紅ノ宮とその侍女頭も来ている」

「…そうですか」


 日和は俯く。


「行かないのか?てっきり二人の元に飛んでいくと思ったんだが」

「……合わせる顔がありません。私は御苑で問題を起こして解雇された身ですから。本来ならば藤ノ宮様にも合わせる顔などないのですが…」


 紫苑がグッと顔を寄せる。日和は驚いて顔を上げる。月の光に照らされた見目麗しい顔はいつにも増して美しかった。


「…解雇したことはすまなかった。それしか処置ができなかった」

「藤ノ宮様が謝る必要はございません。悪いのは私ですから」

「いや、俺にとってお前を解雇したことは間違っていた」


 日和は意味がわからず、小さく首を傾げる。紫苑は日和から視線を外し、劇場を見上げた。


「…お前はいつもここで踊っているのか?」

「基本踊っていません。裏方が仕事なので」

「裏方?お前がか?」

「私には他の芸者に比べて才能がありませんから。裏方が一番しっくりくるのです」


 紫苑は顔を顰めた。


「お前に才能がないわけがない。あの踊りを見てそんな風には思えない」

「…それでも、それでも私はここでは未熟者です。他の人達の方が才能に長けています」

「……俺が褒めてもか?」

「え?」


 日和が紫苑を見る。月明かりに照らされているせいか、紫苑の顔が少し赤らんでいる気がした。


「俺がお前を綺麗だと言ってもか?」


 暫く二人は見つめ合う。紫苑は口を歪めながらも目を逸らそうとはしない。すると日和はクスッと笑った。


「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しい限りです」


 紫苑は目を見開く。そしてみるみるうちに赤くなっていく。月明かりのせいではないらしい。紫苑は慌てて視線を逸らす。


「…う、うるさい」

「お礼を申し上げたのにうるさいと仰るのはおかしいと思うのですが?」


 いつものジト目に変わる。その方がまだ安心する。


 暫く謎の沈黙が流れる。そろそろ楽屋に戻りたいが、紫苑は動きそうにない。以前のように振り切るわけにもいかないだろう。


「あのー、藤ノ宮様…」


 恐る恐る話しかけるが聞こえていない。どうするものかと困っていると紫苑が呟くように言った。


「…るか?」

「はい?」

「…俺の所に来るか?」

「……はい?」


 思わず二度も聞き返してしまった。


「ここで才能が見出せないと言うのなら俺の所に来い。絶対に才能を見出させてやる」

「ですが、もう私は御苑に戻れる立場ではないのですよ」

「なんとかする」

「なんとかって…」


 言っていることが抽象的すぎる。なんとかってなんなんだ。


「なんとかすると言ったらなんとかするんだ」

「…私で良いんですか?」

「お前以外誰もいないだろう?」

「…わかりました。私も仕事を探そうと思っていたところなんです。ちょうど良いです」

「え…あ、いやまだ戻れると決まったわけでは…」


 紫苑が思わず退く。日和は劇場の裏口に向かって歩き出す。少し進むと立ち止まり、紫苑を振り返った。微笑んで小指を立てる。


「約束です。よろしくお願い致しますね、藤ノ宮様」


 紫苑がまた頬を染める。そして少し微笑んで頷いた。


「あぁ」


 満月は二人をいつまでも美しく照らしていた。



 後日。見目麗しい貴族の青年が天女のような少女を雇う話は、有明の館を賑わせた。

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