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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第四舞 縁

 翌日の昼食後。日和は子狐を連れ、貴族の屋敷を訪れていた。正直な所、ただの下女が屋敷にお邪魔するのはかなり気が引ける。しかし、藤ノ宮の命だと言われれば行かないわけにもいかない。初め、武官からこの話を聞いた時は首を跳ねられるかとソワソワした。どちらにせよ、屋敷を目の前にしても行く気は起きない。


 恐る恐る屋敷の門を潜る。そこにはいないはずの赤い羽織を身に纏った女性がいた。髪をお下げに三つ編みしている侍女だ。その姿に見覚えがあった。


「遠子さん!」

「あら、日和じゃない。お久しぶりね」


 日和が駆け寄ると遠子が振り向いて微笑む。彼女には以前日和が洗濯物を干す際に怪我をしてしまった時、手当をしてもらったことがあるのだ。偶然通りがかっただけなのに、迅速な対応のお陰で怪我は跡形も残らなかった。


「先日は手当をしていただきありがとうございました」

「いいのよ。日和に大事がなくて良かったわ。それより…」

「お待たせしました」


 知らぬ声の主を見る。仏頂面の全体的に黒に身を包んだ男性だ。御苑内でよく見る格好だから興味無しの日和でも覚えた。御苑内にある軍事基地の武官だ。


「私達相手に堅苦しいですよ、秋人さん」


 遠子は秋人と呼ばれた男性に微笑む。そのせいか秋人の堅い表情が少し和らいだ気がした。


「遠子が来るとは聞いていないが」

「勝手に来ましたから。果莉弥かりや様には許可をいただいています。だって昨夜の騒ぎの詳細を聞きたいもの。藤ノ宮様なら許してくださると思って」


 果莉弥とは誰のことだ?そんな疑問を口にできないまま話は進んで行く。そもそも昨夜の件が騒ぎになっているのかと日和は震える。どうか下女が夜中に出歩いたことだけはバレないで欲しいと心底祈った。

 秋人がこちらを見てくる。なんとなくその意図が分かり、日和は軽く頭を下げた。


「私は下女ですので、お気遣いなく」

「…そうか。紫苑様の元へ案内する」


 秋人の口調が砕ける。その方が気が楽で良い。


 屋敷に上がり、くねくねとした長い廊下をひたすら歩く。人の気配があまりしない。各屋敷には専属で侍女が複数名配置されていると聞いたことがある。これも愛華からだったか。それなら一人や二人の侍女とすれ違ったり見かけてもおかしくないはず。日和達に姿を見られたくない理由はないだろうし。聞きたい所だが、生憎一番下の立場が最初に口を開くことはできない。後々聞けば良いか。


 ある一つの部屋に辿り着いた。襖の数からして割と広めの部屋である。秋人が中に声を掛けると、ただ一言「入れ」とだけ返ってくる。秋人が襖を開け、深々と頭を下げてから中に入る。遠子も部屋に入る際、ゆっくりと頭を頭を下げていたので日和もそれに倣う。


 予想通り広い部屋だった。基本一人でしか使わないだろうに、こんなに広さがいるだろうか。貴族の常識は分からない。紫苑が筆を置きこちらに顔を上げるが、すぐに顔を顰める。


「私はそこの下女には来いと伝えたが、何故遠子がいる?」

「許可もなくこちらにお伺いしましたことお詫び申し上げます。しかしながら昨夜、御苑内で何が起きたか、説明願いたいのです」


 この二人も恐らく“視える“人間だろう。子狐は怖いのか、日和の膝の上で小さく震えている。頭を撫でると少し怖さが和らいだのか大きく息を吐いて、丸くなった。


 紫苑は面倒そうにしながらも昨日の妖の二つの件について簡潔に話をする。遠子は少しずつ表情を変えながも、落ち着いて聞いていた。紫苑の後ろにいる秋人に関しては、昨夜に聞いているだろう。それにしても感情が全然分からない。ずっと無表情のままであった。


「…つまりこの白狐ちゃんと日和の縁が妖との対峙中に結ばれたということなんですね」


 遠子が子狐に手を差し出す。子狐は最初は戸惑っていたものの、少し近付いて遠子を見つめると撫でられる体勢に入った。遠子は優しく頭を撫でると、子狐はとても気持ちよさそうだった。


 日和としては聞きたいことが幾つもあるのだが、一番下の立場は許可なく発言ができない。全部取り敢えず話をしてほしいと考えていると、紫苑と目が合った。


「お前、何か聞きたいことはあるか?」

(いや、聞きたいことしかないんだよ!)


 莫大な問いかけすぎて何を聞けば良いか分からない。とにかく、先程の話について聞いてみることにした。


「“縁“とはなんなのですか?」


 紫苑は日和と子狐が縁を結んだと言った。その意味が知りたい。


「縁というのは、ある二つの生物を結ぶ絆のようなものだ。主に人間と妖がお互い相手に対して同じ強い想いを抱いた時、縁が結ばれると伝えられている。だが、今まで縁を結んだ者を見たことがない。お前が初めてだ」


 滅多にないことらしい。確かにあの時、日和は子狐に対して助けたい、逃げてほしいと望んだ。縁を結んだということは、子狐も日和に対して何か強い想いを抱いたということか。


「微かだったが、あの時鈴の音が聞こえた気がした。何か心当たりはあるか?」


 鈴の音と聞いて日和は着物の下から鈴を取り出す。紫苑と遠子が興味深そうに見てくる。


「私と子狐がその、縁を結ぶ直前にこの鈴が鳴りました。どんなに強く振っても鳴らないのですが、その時一度だけ鳴ったのです」

「その鈴を見せてくれ」

「…構いません。ですが、失礼を承知で申し上げますが、丁寧に扱っていただきたいです。私の大切な形見なので」

「…形見か」


 秋人は紫苑の合図で日和に近づき日和から鈴を預かる。そして紫苑に届けた。紫苑はじっと鈴を観察する。そして次は子狐を見た。


「おい白狐。額に力を入れてみろ」


 子狐はキョトンと首を傾げてとぼけているようだ。紫苑の言うことは聞かないという小さな反抗だろうか。紫苑が睨み続けることで諦めたのか、目をぎゅっと瞑って尻尾をぱたぱたと振る。すると額に鈴と同じ桜の紋章が浮かび上がった。


「鈴の音が聞こえた後、大きくなった白狐の額に今と同じ紋章が浮かんでいるように見えた。これが縁が結ばれた証拠だ。この鈴がお前と白狐を結ぶ縁物えんぶつになったんだ」

「縁物?」

「書物で読んだ話だけど、人間と妖が縁を結ぶ時、その両者の間に何か媒体となる物質が必要になるの。主に妖力、つまり妖の持つ力は人間や物質も持つことができるのだけれど、その妖力の強い物質が媒体となる可能性が高いそうよ。日和の場合、その鈴が強い妖力を持っていたのね」


 この鈴がなければ縁は結ばれなかったのかもしれない。けれど日和は新しい疑問を抱く。


「何故縁は結ばれるのですか?」


 縁を結んだ所で特に変わったことはない。子狐が大狐になることができるようになったくらいだ。必要性を感じられない。


「それはまだ分からない。しかし、人間と妖が心を通わせることはほとんどないとされているらしい。ということは縁が結べたのは、お前らが親しくなったか、親しくなりたいと思ったか、いずれかだろうな」


 秋人から鈴が返される。日和はそれを首から下げて着物の下に直した。

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