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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
39/114

第三十九舞 有明の館

 商店街を抜けるといよいよ花盛りの街が現れる。昼間から賑わっている。その一角の大きな建物が日和の叔父が営む伝統芸能の劇場、有明の館である。


 日和は劇場に着くと、入り口を覗く。客はいない。静かだった。


 劇場の裏に回り、裏口から中に入る。日和に気づいた芸者が驚き、騒ぎ出す。納税代わりに売られた少女が何の連絡もなしに帰ってきたのだ。驚くのも無理もない。


 次第に楽屋全体がザワザワと騒がしくなる中、日和は耳を塞いで奥に進んだ。


 楽屋が連なる廊下を進んでいくと、奥に一段と豪華な楽屋が三つ。そのうち、真ん中の扉を叩き、開く。中には男性一人と女性二人がいた。いつもこの真ん中の楽屋に三人が集まるのを知っていた。男性は落ち着いた雰囲気で本を読んでいる。女性の一人は陽気そうにもう一人眠そうな女性に話しかけていた。三人は日和に気づき、一瞬固まったかと思うと、陽気な女性が飛んできて日和に抱きついた。


「日和〜‼︎」

「ぐっ、久しぶりだね、薫お姉ちゃん」


 他の二人も近づいてくる。日和はそちらに視線を動かす。


「光お兄ちゃんも凛杏お姉ちゃんも久しぶり」

「…おかえり、日和」

「元気そうで何より」

「うん、ただいま」


 日和は兄妹に暖かい目で出迎えてもらった。


 日和も楽屋に上がり、光が淹れてくれたお茶を啜る。久しぶりの家庭の味は身に沁みた。雪葵は部屋にごろんと転がる。光たちにはやはり雪葵の姿は視えていないようだ。人間の姿には絶対ならないように先に口うるさく言ってある。


「もうびっくりしたよ〜。突然日和が御苑に連れて行かれたって叔父さんに言われたんだもん。なんで!ってあの時は三人とも荒れていたよね」

「そりゃそうだよ。だって日和が連れて行かれる理由なんかないじゃないか」

「兄さんが叔父さんに詰め寄った時は流石に私も怖かったよ」

「あ、あれは仕方なくない?大事な妹を売られたんだよ?武官に連れて行かれる時も止めに入りもしなかったって」


 兄妹がわいわい話しているのを見ているだけで日和の頬が緩む。話の内容は叔父の愚痴なわけだが。


「日和。笑うことじゃないよ、怒るところ」


 凛杏に窘められるが日和はここにいることが嬉しくて仕方なかった。


「叔父さんは後で殴るつもりだから大丈夫。それより、こうやってまたお兄ちゃんお姉ちゃんと一緒に入れることが嬉しくて」

「私も嬉しいよ〜!」

「うわあっ!」


 薫が泣きながら日和に抱きつく。日和は無意識に締められる首が苦しくて薫の腕を叩いた。


「それで、御苑はどうだった?」


 光が聞く。薫の腕から抜け出した日和は、五ヶ月間を思い返す。


「まあ楽しかったよ。踊る機会も頂いて。…解雇されちゃったけど」

「踊る機会あったのね…え?」

「解雇?」


 凛杏が嬉しそうに微笑もうとして表情を曇らせる。光も首を傾げる。日和は慌てて手を振る。


「え、あ、全然大丈夫だから気にしないで。こうやって早く帰ってこれたんだし!それより、もう本番始まるよね!頑張ってね!」


 日和はそう言うと立ち上がった。本番前に長居するのは邪魔になる。


「もう少しゆっくりしてていいんだよ」

「そうだよ!もう少し私に癒しをくれぇ〜」

「姉さんは物理的に日和を苦しめるから駄目」

「えぇ〜」

「…ははっ。ごめんね。叔母さんにも挨拶したいし」


 日和は楽屋の扉を開ける。そして三人に手を振ると、扉を閉めた。


 劇場を出て、裏路地を通ると、日和の家が見える。中に入ると叔母が劇場の準備をしていた。日和は声を掛ける。


「叔母さん、ただいま」


 叔母は手を止めて振り返った。そして薄らと涙を浮かべて、日和を優しく抱きしめる。


「…日和、日和。おかえり、なさい…」

「ごめんね、劇場の仕事、放置しちゃって。ただでさえ裏方の人手不足なのに、大変だったでしょ」

「貴女が謝ることないのよ。私達のせいなのだから」


 叔母が首を振る。でも日和にとっては叔母は悪くないのだ。劇場の客足が遠のいているのは叔母のせいでも兄妹のせいでも、ましてや叔父のせいでもない。だから納税できないこと自体が悪いわけではない。


「これから本番だよね?私も見に行ってもいい?」

「…もちろんよ。もう準備もできたし、一緒に行きましょうか」


 叔母と一緒に劇場に戻る。外は少し暗くなり始め、街はより一層賑わってくる。


「そういえば…叔父さんは?」

「今は客引きをしに、少し遠くへ出ているわ。あの人も必死なのよ」

「そっか」


 何もしていないわけではない。客引きしても客足が戻ってこない。時代が終わりを告げているのだろうか。


 以前は満席だった客席は、所々空いていた。常連の顔も少なく思えた。日和は一番後ろの席に座る。本来は手伝うべきだと叔母にお願いしたが、今日は休むよう言われていた。雪葵も隣に座る。


 音楽が鳴り始め、さまざまな伝統芸能が披露される。迫力のある光の歌舞伎、揚々とした歌声の響く薫の童謡、繊細な音が奏でられる凛杏の琴。全てが輝いており、盛大な拍手が贈られている。日和は羨ましそうに兄妹を見ていた。


(私にもお兄ちゃん達ほどの才能があったらなあ)


 今更願っても才能が溢れるわけでもない。そんなこと、わかりきっていた。

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