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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
37/114

第三十七舞 八妖樹

 数日後。日和は御苑の外に出ていた。 


 日和が着ていたのは下女の服でも侍女の服でもない、紫苑が用意してくれたらしいただの町娘の服。


 日和は後ろを振り向き、御苑を見た。


 もうここには戻ってこない。紫苑が下した解雇という処罰は妥当だと思うし文句はない。ただ御苑を去るのがなんとなく寂しかった。


「雪葵、良かったの?御苑にいた方が何かと良かったと思うけど」


 日和は人間姿の雪葵に話しかける。雪葵はぷぅと頬を膨らませた。


「僕は日和と一緒にいるの。僕だけ御苑あそこに残ったらあの黒妖祓師に問答無用でこき使われそうだし、祓われるかもだし。それは御免だよ」

「黒って…。まぁ確かにそうなるか」


 雪葵にとって、よっぽど紫苑は苦手らしい。まあ、今までの雪葵に対する紫苑の態度からして分からんでもない。


 佳奈子はもう出て行ったそうだ。顔を合わせたくなかったので丁度良かった。


 あれから紅ノ宮の屋敷から出ることを禁じられた。紅ノ宮の侍女達には土下座した。真菜が事情を話してくれたようで叱られることはなかった。呆れた顔で「ありがとう」と言われた。


 御苑を出る直前、執務室で果莉弥に最後の挨拶をしに来ていた。


「寂しくなるわね」

「申し訳ございません」

「もう、謝らないでちょうだい。反省はちゃんとするのよ。けれど、私達の為だってのはわかったわ。だから謝るのはなしよ」

「……はい」


 もっと叱られると思っていた。日和は申し訳ない気持ちでいっぱいで、叱ってほしいくらいだ。でなければ、この気持ちをどこに置けばいいのかわからない。


「ありがとうね、日和」


 そう笑った果莉弥はとても優しかった。


 段々御苑が遠のいていく。まさか一ヶ月早く家に帰ることになるとは思っていなかった。解雇が理由で早く帰ってきたなんて言えば皆んなはどんな顔をするだろうか。不安しかなかった。


御苑が見えなくなると同時に反対側に花の商店街が見えてくる。真菜とお使いに来たことを思い出す。まだ数ヶ月前のことなのに懐かしく思えた。日和はあの饅頭のお店に寄ってみる。


 運が良いことに饅頭は残っていた。三つ買い、近くの路地裏に入った。


 以前、男に取り憑いた妖と対峙した場所に行く。そして饅頭の袋を上に掲げた。


「おーい」


 声を掛けても誰も返事をしない。名前を聞きそびれていた為、気づいてくれるまで呼ぶしかない。


 何度か声をかけると建物の上から誰かが顔を覗かせた。眉間に皺を寄せている。


「ここに来るなと言ったはずだが?」

「この前の御礼、ちゃんとできてなかったから」

「誰?」

「この間、お使いでここに来て妖と対峙したでしょ?その時に助けてくれたの」


 雪葵に手伝ってもらい建物の上に登ると、氷の少年の横に腰掛ける。少年は「何故横に座る」と文句を言っていたが、聞こえないことにする。


「はい、これ」


 日和は袋から饅頭を一つ出すと少年に差し出した。少年は饅頭と日和を交互に見つめた。受け取るかどうか迷っているらしい。


「いらないの?」

「そうなの!?いらないのなら僕が……」

「もらおう」

「なんだよ!」


 三人で口に頬張る。程よい甘さと塩気がとても良いバランスで美味しかった。果莉弥の御用達のお店であることに納得した。雪葵は美味しそうに頬を緩めていた。お気に召したようだ。


「…美味い」

「でしょ。この饅頭、凄い人気ですぐ売り切れちゃう所だから。今日は運が良かった」


 少年も気に入ったらしい。買って良かったと日和は満足した。


「ねぇ、名前は?」


 日和は少年を見る。少年は視線を合わせない。


「名乗る名前はない」

「またそれか。じゃあ何の妖か、それくらいは教えてくれるでしょ?」

「……雪男だ」


 渋々教えてくれた。雪男は立ち上がり、日和を見下ろす。


「お前は妖姫だろう?」

「え、なんでわかるの?」

「妖姫は妖や妖祓師とは違う妖力を持っている。だから気づく」


 違う妖力。今の日和にはピンとこない。雪男はそんなの気にも留めず鋭い視線でこちらを見てくる。


「俺は妖姫を信用していない。それだけ言っておく」


 はっきりと言われ日和は顔を顰める。だが、深入りはさせてくれなさそうだ。雪男の表情は有無を言わせてはくれなかった。


「それで?元気なさそうだけど」


 気づかれていたようだ。家に帰るのを渋っていたとは言いにくい。日和が口を閉ざしていると雪葵が体を乗り出す。


「黒妖祓師が日和のこと解雇にしたんだ!酷い奴だろ!?」


 雪葵が勢いよく文句を言う。雪男が首を傾げる中、日和は慌てる。


「黒妖祓師?解雇?」

「な、なんでもないよ…」


 雪男の瞳が言え、と圧をかけてくる。逃げ道はなさそうだ。


 日和は御苑で働いていたこと、そこに妖祓師がいたこと、侍女と喧嘩して解雇されたことを話した。雪男は最後まで黙って聞いていた。


「…なるほどな」

「言うつもりなかったんだけどなー…」

「うぅ、ごめんよ、日和」


 日和に殴られ、頭を押さえた雪葵が申し訳なさそうに縮こまっている。日和は溜息をついた。ここまで言ったのだからいっそ少し話を聞いてもらおう。


「その侍女と喧嘩する前ね、狭間に連れて行かれたの」

「狭間に?」


 日和は頷く。雪葵はしゅんとしていた。


「僕は何も覚えてないんだよなあ」

「雪葵は終始気を失っていたからね。そこで送り犬に妖には階級があることを教えられた」


 日和は狭間で起きたことを全て話した。雪葵は自分が食べられそうになったことを知り驚く中、雪男は顔を顰めて話を聞いていた。


「ったく中級妖め、勝手なことを」


 雪男は一つ文句を吐き出すと、ひと息ついて日和を見た。


「送り犬には後で俺からも説教しておく」

「あ、いや〜多分蛇神様が存分に説教していると思うから雪男はしなくても良いと思……」

「九尾が喰われそうになってよくそんなことが言えるな。薄情な奴め」

「失礼なっ!送り犬を庇うつもりなんてさらっさらないから!祓ってやりたいぐらいだわ!」


 日和がぶんぶんと拳を振り回す。雪男は若干引いた目で日和を見ていた。


「送り犬の言った階級が三つあるという話、正確に言えば階級は四つある」

「四つ?」


日和が首を傾げる。確かに送り犬は『大きく分けて』と言っていた。


「あぁ。下級妖、中級妖、上級妖。更にその上に八妖樹はちようじゅがいる」

「八妖樹?」


 聞き慣れない言葉に戸惑う。雪葵が仰向けになって眠そうにしている。それを横目に雪男を見た。


「その名の通り、八体の上級妖のことだ。九尾の狐、雪男、鴉天狗、覚、鎌鼬、女郎蜘蛛、蛟、雲外鏡の八体。彼らは上級妖の中でも最上位の妖力と能力を持つ。そして、そこの怠け者は九尾の狐だ」


 雪男と同じようにジトッと日和は雪葵を見た。


「暴走した時のこいつは八妖樹の力に匹敵するだろう」


 雪葵自身が抑えきれない程の妖力。紫苑の張り詰めた顔。異常な鈴の鳴り方。これらが全て、雪葵が普通の妖でないことの裏付け。


「恐らく、本来の力をまだ出せていないのか、上手く操れていないのかのどちらかだな」


 本人はきょとんとしてこちらを見ている。八妖樹と聞いても何も反応してこなかった。


「雪葵。八妖樹って知ってる?」

「うん?知らなあい」

「……」


 呑気な答えに雪男が拳を振り上げる。日和は慌てて雪男の腕に巻きついた。


「何のつもりだ」

「何のつもりって本当に知らないよ。初めて聞いた」

「…俺のことは知っているか?」

「うーん、ごめん、知らない」

「……そうか」


 雪男が考え込んでしまった。日和は雪葵に耳打ちする。


「本当に知らない?なんか雪男と知り合いっぽいけど」

「知らないってばー」

「お前、今までどこで何してた」


 雪男の質問に雪葵は考える。そのまま首を傾げた。


「言われてみれば何していたんだろ。全然思い出せない…」

「え?」

「やはり記憶喪失か」


 雪男は納得したようだ。雪葵本人は納得していない。


「僕、記憶喪失?なんで」

「俺が知るわけないだろう。けれど、俺とお前は面識はある。それを覚えていないと言うのなら記憶喪失なんだろう」


 雪葵がしゅんとするのがわかった。自身が記憶喪失ということを信じられないのかもしれない。けれど、今まで何をしていたかも覚えていないのなら可能性は十分にある。


「雪男ってことは、貴方も八妖樹なんだよね?」


 雪男が肯定する。謙遜はしないらしい。事実なんだからそんなものか。


 日和にはもう一つ心当たりがあった。鴉天狗だ。日和に鵺を何とかしてほしいと頼んできた妖だ。彼も八妖樹らしいが、とても強力な妖力を持っているようには見えなかった。

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