第三十五舞 喧嘩
日和は愛想笑いするので精一杯だ。
佳奈子を含む葉ノ宮の侍女達が日和を見下ろしている。威圧感が凄い。
「日和ー!…あ」
日和を探してくれていたらしい真菜がこちらに向かって駆けてくる。けれど葉ノ宮の侍女に気付き、顔面蒼白になっていた。それでもそこで引き返すわけにはいかないようで、日和の傍まで来てくれた。
「真菜さん、どうしてこちらに?」
「紗綾さんが、心配だから一緒に行っておいでって」
余程心配らしい。まあ、今まで心配させてきている。仕方ないだろう。
日和は怖気づきながらも立ち上がる。早くこの場から離れたい。
「無視しないでもらえる?」
「す、すみません」
機嫌を損ねると更に怖い。面倒事にはしたくない。
「それで、ここで何しているわけ?」
「いえ、大したことでは…」
「人様の屋敷の前で倒れていて、大したことないですって?それに今一人で何か話していたでしょう?…気味悪いわ」
佳奈子の言葉に日和は頭を殴られたような気分になる。あまりに直球すぎて酷いが、妖が視えない人にとっては確かに気味が悪いだろう。それにしても、倒れていたのを見つけたのなら先に心配してくれても良いのではなかろうか。
「そ、それは失礼致しまし…」
「そう言えば、遠子も時々変な行動するわよね。紅ノ宮様もだったわね。紅ノ宮は皆んな、気味が悪いのかしら」
日和の中でピシッと何かにひびが入る音がした。
「…失礼なことを仰るのはやめていただけますか」
「あらそう?じゃあ謝るわ」
全く謝罪の気のない謝罪をされ、その場が沈黙に包まれる。用が済んだのならこの場を離れたい為、気に障らない言葉を考える。しかし、まだ帰れなさそうだ。
「そうそう。貴女が遠子と二人で真琴様の腕飾りを見つけてくれたのよね」
「…はい、そうですが…」
「わざわざご苦労様ね」
その言葉に皮肉を感じ、思わず顔を顰める。
「…どういう意味でしょう」
「ひ、日和?」
日和の嫌悪感を感じたのか真菜が日和を見る。佳奈子は嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「そのままの意味よ。自分の主でもないのにわざわざ探し物を手伝ってくれてありがとう。貴女がそこまでする必要ないでしょう?あのお人好し遠子のせいかしら?」
また日和の頭の中でひびが深く入る音がする。真菜も癇に障ったようで突っかかる。
「二人を悪く言わないで!」
「あら、ごめんなさい。そうよね、遠子のせいじゃないわよね。遠子に影響を与えた紅ノ宮様のせいよね」
佳奈子は嫌な笑みを浮かべる。日和が拳を強く握る。貴族間で侍女が派閥争いをしているのは知っていた。だからと言って、あまりに言い方に棘がありすぎないだろうか。
「貴族の悪口を言っても良いと?」
「失礼ね、悪口じゃないわよ。事実を述べただけ。だってそうでしょ?貴族なのにおっとりしてて、威厳も何も感じられないわ。だから遠子も貴女達もお人好しになって、いらないことに首を突っ込むのよ。ほんと、呆れるほど感心するわ。まあ良かったわね、良い上司に巡り会え…」
頭の中でパリンと何かが割れた。そして考えるよりも先に体が動いていた。気が付けば左頬を真っ赤にした佳奈子が地面に倒れ込んでいた。そして日和の握った右手も赤くなりジンジン痛んでいる。周りは凍りついたように誰も動かなかった。
動いたのは真っ赤な顔をした佳奈子だった。立ち上がり、日和の胸ぐらを掴んで突き放した。日和は勢いよく大きな音を立てて地面に倒れ込む。更に佳奈子は日和の上に跨り、もう一度日和の胸ぐらを掴んだ。
鬼のような形相で至近距離で日和を睨んでくる。日和も睨み返す。すると佳奈子の平手が日和の頬を叩く。日和も佳奈子の胸ぐらを掴む。ただ無言で殴り合う二人をそこにいる誰もが止められなかった。声が出なかった。佳奈子が叫ぶ。
「あんた!何やったかわかっているわけ⁉︎」
「それはそちらも同じでしょう!人を嘲笑うなんて良い趣味していますね」
「はあ⁉︎」
日和の挑発に佳奈子が乗る。日和は言葉を吐き捨てる。
「聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃないですか!気味が悪い?お人よし?威厳がない?自分の主を上に上げる為なら他の貴族の方の悪口を言うなんて朝飯前ですか!ふざけんなよ!」
「誰に向かってそんな口聞いてるかわかってるの⁉︎」
「何様だよ!誰にって悪口がほいほいと出てくる可哀想な人間にですよ!果莉弥様の良い所も侍女の皆さんの良い所も知らずに勝手なこと言うな!」
佳奈子がもう一度殴りかかろうと拳を振り上げた時だった。
「何している」
冷たく鋭い声が空気を凍らせた。場は静まり返り、誰も動けなかった。
(いつもは無駄に優しい声のくせに、そんな鋭い声もできるんだな)
こんな状況で日和はそんなことを考える。殴られたせいなのか頭はぼーっとしていた。口だけが達者だった。頭は何も理解していなかったのだろう。
佳奈子が震えている。手の力も弱まり、振り上げた拳を下ろした。
日和も胸ぐらを掴む手を離し、ゆっくりと振り向く。そこには、折角の綺麗な顔が台無しになる程眉間に皺を寄せ腕を組み、仁王立ちする見目麗しい青年がいた。




