第三十四舞 迷い
「…あの、山神様…」
静かになり、日和が恐る恐る話しかける。
「妖どもの無礼をどうかお許しください。私が後で説教しておきますので」
「あ、いえ。それは大丈夫なんですけど…」
なんて聞いたら良いのか分からない。尋ねて頷かれるのが怖い。それを察したのか、蛇神は残念そうに俯く。
「先程の送り犬の言っていたこと、全て事実です。人間である妖姫様には信じ難いことかもしれません。けれど、妖にはそれは当たり前のことなのです。ご理解を頂きたい…」
日和は黙り込む。妖が妖を食す。そんなことを受け入れろと言われてもそう簡単に頷けない。
「だからと言って恩人を見殺しにはしません。必ずお守りしましょう」
「……ありがとうございます」
今の日和には礼を言うだけで精一杯だった。
「妖姫様」
蛇神が日和の顔を覗き込む。そして雪葵に視線が移った。
「九尾の狐が凶暴化したと聞きました。その理由はお分かりですか?」
「…」
日和は答えられなかった。何も知らないのだから。
「山神様はご存知なのですか」
「知っている、というよりも聞いた状況で判断した、と言う方が正しいでしょう」
「それでも構いません。教えてください」
日和は蛇神を見つめる。蛇神は静かに頷いた。
「妖狐には莫大な妖力が秘められている。それをその首飾りが抑えている」
日和もそれには気づいた。暴走している際、首飾りを投げつけると収まったのだ。紫苑の見解は間違っていないようだ。
「暴走する理由は単純です。妖狐がその妖力を制御しきれていないのです」
「制御できていない、ですか」
花盛りの街で出会った氷の少年にも言われた言葉。どういう意味なのか考えていなかった。
「ですが、首飾りがなくなっても雪葵は普段通りの時の方が多いんです」
「ですから、しきれていない、と申したのです。恐らく妖狐の怒りによって妖力が暴走していたのです」
日和はハッとする。雪葵が暴走した二回、どちらも日和に危機が迫って雪葵が助けてくれた時だった。あの時、雪葵は確かに怒っていた。
「怒りによって…」
「はい。ですが、妖狐が自分の妖力を制御しようと努力すれば、そのうち暴走もなくなることでしょう。その妖力が全て妖狐に操れるものであれば、の話ですが」
雪葵にも課題がある。日和は心配そうに雪葵を見つめる。
「雪葵にできると思いますか、妖力の制御」
「…彼が制御したいと望み、努力をすれば、きっとできると思いますよ」
蛇神は微笑んだような気がした。
「そろそろお戻りになった方がよろしいでしょう」
蛇神は上を見上げる。
「あのっ」
蛇神が日和を見る。日和は躊躇したが、意を決して口を開く。
「最後に一つだけ。私は、妖祓師と対立すべきなのでしょうか」
日和は人間側なのか、妖なのか。分からなくなっていた。前よりも答えが深く深く沈んでいくようで、何を考えたら良いのかさえ分からない。
紫苑には妖を祓えと言われた。妖達には紫苑に対抗しろと言われた。この板挟みをどう抜けたら良いのだろう。
「…誠に申し訳ございません。それは妖姫様自身が答えを出すしかありません。自身の生き方は自身で決めるべきですから。周りの我々が何か言えることではありません」
「……いえ良いんです。分かってます。この問題は私が解決しなければならないって」
俯く日和の頭を蛇神は尻尾で撫でた。暖かくて安心する。
「貴女は強い御方だ。いずれ答えを見つけられるでしょう」
突然、日和と雪葵が水に飲み込まれる。苦しくはないのに意識が遠のいていく。
「またどこかで」
その言葉と共に日和の意識が途絶えた。
御苑内にて。
「うぅ…」
日和は目を覚まし起き上がる。戻って来ていた。蛇神が帰してくれたのだろう。少々頭が痛い。日和が息を整えていると、雪葵を抱き締めているのに気付く。
「良かった、雪葵も無事だ」
「何してるわけ?」
突然の上からの声に日和の身体が凍りつく。冷たく放たれる言葉。身に覚えがある。会いたくない人物。
日和は恐る恐る顔を上げた。予想通り、葉ノ宮の侍女、佳奈子だった。




