第三十二舞 秋人
その数日後。日和は果莉弥の薬を取りに医局に行っていた。ここ最近、果莉弥は喉が痛いと悩んでいた。そのため、遠子に頼まれたのだ。
症状を伝え、薬を貰う。医局は病院ではない。ただたくさんの種類の薬を取り揃えている設備である。そのため、症状を伝え、て薬を貰うしかない。症状を聞いて医局の人が怪しく感じた場合は医学を学んだ医官が診察に来る。果莉弥葉まだ診てもらうほどでもないと判断し、薬の受け取りにだけ来た。
薬を受け取り、医局を出る。屋敷に戻っていると見たことのある人を見つけた。相手もこちらに気づいたようで軽く頭を下げてから近づいてくる。日和は立ち止まった。
「ご無沙汰しております、秋人さん」
「そうだな、日和さん」
二人で頭を下げる。
「あの、何か御用でしょうか」
「いや日和さんとお話をしたことがなかった為、良い機会かと思って」
「あの、さん付けしないでいただけたら。私の方が身分も歳も恐らく下ですから」
「…わかった、和の娘」
「和の娘?」
「日和の名前の和を取って和の娘」
「……」
独特でツッコミの難しい人だ。いや、真面目にそう言っているのだろうか。どう返そうか考えていると、秋人が日和をじーっと見つめているのに気づく。紫苑ほど絵はないが、顔は整っている方だ。日和は視線に耐えられず、顔を逸らす。
「あの〜なんでしょう」
「いえ、和の娘はどう言う人かと思って」
「見てお分かりになるのでしょうか」
「見てわかることもあるもので」
「…左様ですか」
諦めたいものの、ずっと見られるのは居心地が悪い。表情に出ていたのか、秋人が日和から視線を外した。
「和の娘。舞踊はどこかで教えてもらったのか?」
突然聞かれる。日和は不思議に思いながら頷いた。
「はい。叔父と叔母が劇場を経営しているので」
身元が分かってしまうのはどうかと思ったが、どうせ調べれば分かる事だ。変に誤魔化さない方が良いと思い、日和は正直に答えることにした。
「なるほど」
秋人は感心しているように頷く。日和はまたもや首を傾げた。
「ちなみにその劇場はなんと言うのだ?」
「…弱みを握るおつもりで?」
「安心して大丈夫だ。弱みを握ったところで侍女をどうこうするつもりはない」
(弱みを握ることを否定はしないんだ)
侍女なんて数多くいる。調べればほぼ全員の弱みだって握れるはずだ。とはいえ、弱みを握ったところでどうする必要性がないのならどうもしない。
日和は顎に手を当てて考える。個人情報を教えるようであまり良いと思わないが、劇場の客引きをする、と言うことを考えれば教えても良いのかと思う。貴族が常連となってくれれば劇場はかなり潤うだろう。
今回みたいに日和が売り飛ばされることもなくなるはず。紫苑を常連にしたいわけではないが、秋人に伝えることによって他の貴族やその親族に伝われば万歳ではないか。日和は一人で頷いて秋人を見た。
「有明の館と言います」
「有明の館。聞いたことある。伝統芸能の劇場だな」
そこそこ知名度はあるのだろうか。叔父が若い頃は大繁盛していたと聞いたことがある。大物も訪れたことがあるという。それも流行りだったからかもしれない。今では閑古鳥が鳴きそうな程の静けさであり、常連客がちらほら訪れている程度である。
「そうです。ですがどうして、劇場のことを聞くのですか?興味がおありですか?」
日和の質問に秋人が頷く。
「あぁ。最近、貴族間で良い劇場はないかと話になっていてな。お茶会や遊華演会での紅ノ宮の舞踊に感化されたようだ」
つまり、日和の影響だと言いたいそうだ。それは好都合か、不都合というか。どちらでも良い。この流れに乗って劇場の株を上げてやろうと日和は決意した。
「良かったら一度いらしてください。貴族の皆様なら快く歓迎致します」
「うむ。伝えておこう」
秋人は一礼した。
「秋人さんの仕事は藤ノ宮様のお付きですか?お一人で行動されているのをよくお見かけするのですが」
「そうだな。私は紫苑様の側近である。だが主な仕事は別にあり、軍事屯所のまとめ役だ。紫苑様のご要望の時のみ、お付きしている」
医局は軍事屯所の隣にある。武官は怪我をすることが多い。その為、軍事屯所の近くに医局が配置されているという。
「他の貴族の皆様は侍女をお付きとしているのでは?藤ノ宮様も侍女をお付きにするのが良いのではないでしょうか?」
お節介と思いつつ、口を挟んでしまう。失礼だと怒られるだろうか。しかし、秋人が呆れたように額に手を当てた。
「いや…紫苑様の側にいると、侍女は仕事ができなくなる」
できなくなる、という言葉に引っかかったがすぐに理解した。確かにあの見目麗しい人の後ろについていれば、見惚れて仕事にならないだろう。ある意味可哀想な人だなと思ってしまったが仕方ない。
「それに紫苑様からはお付きをつけるなと言われているからな」
「何か不都合があるのですか?」
「あ……いや、そういう訳ではない」
思わず口走ったという顔をし、急に秋人の口が籠る。言ってはいけないことだったのだろうか。日和はこれ以上聞かないことにした。
「申し訳ございません。私、使いの帰りですので、そろそろ…」
「そうか。すまなかった。それでは失礼する」
秋人は綺麗に一礼するとその場を去って行った。
日和は足早に屋敷に戻る。しかし、案の定遅いと紗綾に怒られた。




