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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
30/114

第三十舞 黒狐

 広場には簡単に入れた。葉ノ宮が座っていた場所に向かう。けれどやはり見つからない。そし遊華演会の片付けの際に落ちていたのなら、誰かが気づくはずだ。ということはここにはないのだろうか。


「見つかりませんね」

「おい、あれ見ろ」


 紫苑が指差す方向を見る。そこには真っ黒な狐がいた。違和感に気づく。その狐は腹に太い輪っかをつけ、首から月型の赤い首飾りを提げていた。


「あ!雪葵の首飾り!」

「葉ノ宮の腕飾りも持っているな」


 黒狐は日和達に気づくと逃げ出す。日和は瞬時に飛び込んで黒狐を捕まえる。黒狐はバタバタと暴れるが、絶対に離さなかった。


「…凄い瞬発力だな」

「運動神経が良い方なので」


 黒狐から首飾りを取ろうとした時、紫苑が叫ぶ。


「おい!後ろ!」


 紫苑が刀に手をかけ、こちらに向かって走ってくる。日和が振り返る間もなく地面揺れ、砂埃が舞う。


「ごほっごほっ」


 目の前に大きな影が現れる。そして細長い物が日和に直進してきた。すると雪葵に咥えられその場を離れる。


「くそっ、これはまずいな」


 砂埃が消え、見えてきたのは足を何本も生やした妖だった。


「うわっ、気持ち悪っ!」

「喋るな、舌噛むぞ」


 雪葵が走り出す。本当に舌を噛みそうだ。紫苑と雪葵は御所を出ると人通りの少ない西側に走る。騒動になる前に片付けなければならない。


 西側に着くと紫苑は刀を構える。雪葵に降ろされた日和は黒狐と共に茂みに避難する。


 雪葵が紫苑の隣に並んだ。臨戦体制をとっている。


「お前は下がってろ!お前に戦える相手じゃない!」


 紫苑が強く言っても雪葵は引き下がらない。そうこう言っているうちに足妖が攻撃を仕掛けてくる。紫苑は避けると刀を振りかざして距離を詰める。そして振り下ろした刀は足妖の足を切り落とす。足妖は悲鳴を上げると別の足で紫苑を殴り飛ばした。


「藤ノ宮様!」


 日和が叫ぶと足妖がこちらを向いた。足を飛ばしてくるが、大きくなった雪葵がその足を弾き返す。そのまま足に噛みついた。足妖は叫び声を上げる。


 紫苑は立ち上がり、足妖に駆けていく。足の一本に刀を刺すと足妖は狼狽える。紫苑が札を三枚投げつける。札が張り付き、光を放つ。足妖が苦しそうに叫ぶ。札が全て弾かれた。


「何⁉︎」


 今度は紫苑が狼狽えている隙に足妖が襲いかかる。鋭く変化した足先を紫苑は刀で塞ぐ。勢いは足妖の方が勝るようで紫苑はじりじりと押されていく。紫苑が苦しそうに顔を歪める。そのことに気を取られ、上から振り下ろされた足には気づかなかった。大きな音を立てて砂埃が舞う。雪葵も噛みついた足に振り払われてしまった。


「藤ノ宮様!雪葵!」


 足妖がまたこちらを向く。とにかく逃げよう。体が動こうとするが、左脚に足が巻き付いてきた。そのまま引っ張られ宙に振り翳される。


「え⁉︎ちょちょちょままま!」


 不自然な姿勢で体に力が入りづらく抵抗ができない。体が振り下ろされる。地面がどんどん近づいてくる。恐怖で声が出ない。目をぎゅっと瞑る。


 突然、柔らかい感触がした。目を開けると、真っ白いもふもふの毛並みだ。


「雪葵。ありがと…」

「グォォォォン‼︎」


 雪葵は雄叫びを上げ、日和は雪葵の背中を滑り落ちた。黒狐も無事で安堵するが、雪葵の様子がおかしいと気づく。先日、お使いに行った時と同じだ。


「雪葵!」


 日和の声は届かない。雪葵は足妖に飛びつき強く噛み付く。更に爪で足を切り裂いていく。足妖は先程とは比にならない叫び声を上げる。紫苑が札を投げつけ刀で切り裂く。足妖は叫び声を残して消えていった。


「私だよ!」

「下がれ!」


 雪葵は日和達を見つめている。けれど、その瞳に正気はなかった。荒い呼吸をし、じっと日和達を見つめている。そしてゆっくり体を動かし、こちらに向かってくる。来る、逃げろ!頭はそう叫んでいるのに足が動かない。


「グ、グァァァ‼︎」


 雪葵が吠えながらこちらに全速力で向かっていた。それでも日和の足は動いてくれない。


 横から札が飛んできて雪葵に張り付く。雪葵の動きが鈍くなる。


「早く首飾りを白狐に返せ!」


 紫苑の言葉で体が動いた。


「!悪いけど返してね!」


 黒狐から強引に首飾りを取ると、雪葵に向かって投げた。首飾りが光を放つ。雪葵は光に包まれ、その光は小さくなっていった。


 小さく戻った雪葵はこてんと地面に倒れた。その首には首飾りが掛けられている。日和が駆け寄る。


「雪葵!」


 穏やかに寝息を立てていた。安心して息を吐く。


「なんの音だ!」

「やばっ、来る!」


 武官の声が聞こえてくる。紫苑が雪葵を抱え、日和と茂みに隠れてその場を凌いだ。


 武官達が去って行ったのを確認すると茂みから出る。


「落ち着いたようだな、白狐」

「そう、みたいですね…」


 紫苑が雪葵の首飾りに触れる。


「この首飾りが白狐の妖力を抑えていたのは確実のようだな。またすぐに暴走することはないだろう」

「それなら、いいんですが…」


 静かに寝息を立てている雪葵を見て、今は安心かと思う。暴走する理由はなんなんだろうか。


 日和は黒狐に視線を移す。もう一つ気になることがある。


「この子は一体なんなんでしょうか」


 黒狐は抵抗することなく、大人しい。紫苑と日和の二人がかりで腕飾りを引き抜く。黒狐は苦しそうに唸っていたが、腕飾りが抜けた後、さっさと走り去って行った。


「なんだったんだ?」

「さあ。飾り物が好きなんでしょうか」

「恐らくだが、あの妖が狙っていたのは十中八九さっきの黒狐だろう。ったく、面倒なことを起こしてくれたな」


 紫苑と共に西側を離れる。日和は紫苑に話しかける。


「藤ノ宮様は妖関係の仕事をなさっているのですか?」

「どうした、突然」

「藤ノ宮様を外でよくお見かけするので、何をなさっているのか気になりまして」

「そうか。私に興味があるのだな」


 紫苑がいつものとろける微笑みを日和に向ける。


「いえ。仕事の内容に興味があるだけです」

「おい!」


 日和の即答に紫苑は声を荒げる。日和はつんとした顔で耳を塞いだ。


「…私の役割は御苑の管理だ。基本、見回りだな。まあ、それは表向きであって本来は妖退治だ。結界の祠の管理や御苑の外に出て妖を退治することもある」


 案外普通に教えてくれた。知らないのか、みたいな嫌な顔をされるかと思っていた。


 秘密裏に妖祓師の仕事をしているわけだ。苦労していそうだ。


「帰るぞ。それを届けなければならないだろう?」

「そうですね」


 黒狐が茂みから顔を出し、紫苑と日和を見つめていた。耳につけた鈴がシャランと音を鳴らす。


「やはり、あの子が…」


 黒狐はニヤリとした笑みを浮かべると黒い煙と共に姿を消した。

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