第三十舞 黒狐
広場には簡単に入れた。葉ノ宮が座っていた場所に向かう。けれどやはり見つからない。そし遊華演会の片付けの際に落ちていたのなら、誰かが気づくはずだ。ということはここにはないのだろうか。
「見つかりませんね」
「おい、あれ見ろ」
紫苑が指差す方向を見る。そこには真っ黒な狐がいた。違和感に気づく。その狐は腹に太い輪っかをつけ、首から月型の赤い首飾りを提げていた。
「あ!雪葵の首飾り!」
「葉ノ宮の腕飾りも持っているな」
黒狐は日和達に気づくと逃げ出す。日和は瞬時に飛び込んで黒狐を捕まえる。黒狐はバタバタと暴れるが、絶対に離さなかった。
「…凄い瞬発力だな」
「運動神経が良い方なので」
黒狐から首飾りを取ろうとした時、紫苑が叫ぶ。
「おい!後ろ!」
紫苑が刀に手をかけ、こちらに向かって走ってくる。日和が振り返る間もなく地面揺れ、砂埃が舞う。
「ごほっごほっ」
目の前に大きな影が現れる。そして細長い物が日和に直進してきた。すると雪葵に咥えられその場を離れる。
「くそっ、これはまずいな」
砂埃が消え、見えてきたのは足を何本も生やした妖だった。
「うわっ、気持ち悪っ!」
「喋るな、舌噛むぞ」
雪葵が走り出す。本当に舌を噛みそうだ。紫苑と雪葵は御所を出ると人通りの少ない西側に走る。騒動になる前に片付けなければならない。
西側に着くと紫苑は刀を構える。雪葵に降ろされた日和は黒狐と共に茂みに避難する。
雪葵が紫苑の隣に並んだ。臨戦体制をとっている。
「お前は下がってろ!お前に戦える相手じゃない!」
紫苑が強く言っても雪葵は引き下がらない。そうこう言っているうちに足妖が攻撃を仕掛けてくる。紫苑は避けると刀を振りかざして距離を詰める。そして振り下ろした刀は足妖の足を切り落とす。足妖は悲鳴を上げると別の足で紫苑を殴り飛ばした。
「藤ノ宮様!」
日和が叫ぶと足妖がこちらを向いた。足を飛ばしてくるが、大きくなった雪葵がその足を弾き返す。そのまま足に噛みついた。足妖は叫び声を上げる。
紫苑は立ち上がり、足妖に駆けていく。足の一本に刀を刺すと足妖は狼狽える。紫苑が札を三枚投げつける。札が張り付き、光を放つ。足妖が苦しそうに叫ぶ。札が全て弾かれた。
「何⁉︎」
今度は紫苑が狼狽えている隙に足妖が襲いかかる。鋭く変化した足先を紫苑は刀で塞ぐ。勢いは足妖の方が勝るようで紫苑はじりじりと押されていく。紫苑が苦しそうに顔を歪める。そのことに気を取られ、上から振り下ろされた足には気づかなかった。大きな音を立てて砂埃が舞う。雪葵も噛みついた足に振り払われてしまった。
「藤ノ宮様!雪葵!」
足妖がまたこちらを向く。とにかく逃げよう。体が動こうとするが、左脚に足が巻き付いてきた。そのまま引っ張られ宙に振り翳される。
「え⁉︎ちょちょちょままま!」
不自然な姿勢で体に力が入りづらく抵抗ができない。体が振り下ろされる。地面がどんどん近づいてくる。恐怖で声が出ない。目をぎゅっと瞑る。
突然、柔らかい感触がした。目を開けると、真っ白いもふもふの毛並みだ。
「雪葵。ありがと…」
「グォォォォン‼︎」
雪葵は雄叫びを上げ、日和は雪葵の背中を滑り落ちた。黒狐も無事で安堵するが、雪葵の様子がおかしいと気づく。先日、お使いに行った時と同じだ。
「雪葵!」
日和の声は届かない。雪葵は足妖に飛びつき強く噛み付く。更に爪で足を切り裂いていく。足妖は先程とは比にならない叫び声を上げる。紫苑が札を投げつけ刀で切り裂く。足妖は叫び声を残して消えていった。
「私だよ!」
「下がれ!」
雪葵は日和達を見つめている。けれど、その瞳に正気はなかった。荒い呼吸をし、じっと日和達を見つめている。そしてゆっくり体を動かし、こちらに向かってくる。来る、逃げろ!頭はそう叫んでいるのに足が動かない。
「グ、グァァァ‼︎」
雪葵が吠えながらこちらに全速力で向かっていた。それでも日和の足は動いてくれない。
横から札が飛んできて雪葵に張り付く。雪葵の動きが鈍くなる。
「早く首飾りを白狐に返せ!」
紫苑の言葉で体が動いた。
「!悪いけど返してね!」
黒狐から強引に首飾りを取ると、雪葵に向かって投げた。首飾りが光を放つ。雪葵は光に包まれ、その光は小さくなっていった。
小さく戻った雪葵はこてんと地面に倒れた。その首には首飾りが掛けられている。日和が駆け寄る。
「雪葵!」
穏やかに寝息を立てていた。安心して息を吐く。
「なんの音だ!」
「やばっ、来る!」
武官の声が聞こえてくる。紫苑が雪葵を抱え、日和と茂みに隠れてその場を凌いだ。
武官達が去って行ったのを確認すると茂みから出る。
「落ち着いたようだな、白狐」
「そう、みたいですね…」
紫苑が雪葵の首飾りに触れる。
「この首飾りが白狐の妖力を抑えていたのは確実のようだな。またすぐに暴走することはないだろう」
「それなら、いいんですが…」
静かに寝息を立てている雪葵を見て、今は安心かと思う。暴走する理由はなんなんだろうか。
日和は黒狐に視線を移す。もう一つ気になることがある。
「この子は一体なんなんでしょうか」
黒狐は抵抗することなく、大人しい。紫苑と日和の二人がかりで腕飾りを引き抜く。黒狐は苦しそうに唸っていたが、腕飾りが抜けた後、さっさと走り去って行った。
「なんだったんだ?」
「さあ。飾り物が好きなんでしょうか」
「恐らくだが、あの妖が狙っていたのは十中八九さっきの黒狐だろう。ったく、面倒なことを起こしてくれたな」
紫苑と共に西側を離れる。日和は紫苑に話しかける。
「藤ノ宮様は妖関係の仕事をなさっているのですか?」
「どうした、突然」
「藤ノ宮様を外でよくお見かけするので、何をなさっているのか気になりまして」
「そうか。私に興味があるのだな」
紫苑がいつものとろける微笑みを日和に向ける。
「いえ。仕事の内容に興味があるだけです」
「おい!」
日和の即答に紫苑は声を荒げる。日和はつんとした顔で耳を塞いだ。
「…私の役割は御苑の管理だ。基本、見回りだな。まあ、それは表向きであって本来は妖退治だ。結界の祠の管理や御苑の外に出て妖を退治することもある」
案外普通に教えてくれた。知らないのか、みたいな嫌な顔をされるかと思っていた。
秘密裏に妖祓師の仕事をしているわけだ。苦労していそうだ。
「帰るぞ。それを届けなければならないだろう?」
「そうですね」
黒狐が茂みから顔を出し、紫苑と日和を見つめていた。耳につけた鈴がシャランと音を鳴らす。
「やはり、あの子が…」
黒狐はニヤリとした笑みを浮かべると黒い煙と共に姿を消した。




