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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
27/114

第二十七舞 暴走

 買い物を全て終え、御苑に向かって歩いていた。たわいのない話をしていると突然真菜が後ろからぶつかられ地面に倒れる。日和は急いで真菜の側でしゃがむ。ぶつかってきた男はそのまま走り去って行った。


「真菜さん、大丈夫ですか!」

「…お、饅頭が…」


 先ほど買ったはずの饅頭の袋が真菜の手元からなくなっていた。考えられるのは一つ。さっきの男が盗人である、ということ。


 武官が日和と真菜にここにいるよう言って、男を追っていく。


「どうしよう…果莉弥様のお饅頭が…」


 真菜がポロポロと泣き出す。痛いだろうし、盗まれたのが衝撃ショックだったのだ。取り返してくれるといいのだが。


 待っても武官は帰って来ない。不審に思った日和は立ち上がる。


「様子を見てきます。真菜さんはここで待っていてください」


 そう言って走り出す。男は遠くまで行ってしまったかもしれない。まずは武官の様子だけでも確認しなければ。


 男が見えなくなった先の路地を曲がってみる。そこに武官が倒れていた。気絶しているようだ。武官を連れて真菜の所に戻る力は持ち合わせていない。とりあえず起こそうと武官の体を揺らす。


「クゥン!」


 後ろから追いかけてきた雪葵が鳴く。日和はその声に反応して顔を上げると、屋根から男が飛び降りてきた。その男には黒いもやがまとわりついている。


(人間じゃない?ということは妖?にしてもこの違和感は…)


違和感は常にまとわりついている黒いもや。これは人間にも妖にも見られない。ということは…。


「人間の体を乗っ取った妖ってわけか…」

「グルルルル」


 男は獣のような唸り声を上げる。


「グァァァ‼︎」


 男が日和に襲いかかってくる。日和は避ける。武官を巻き込むわけにはいかない。離れなければ。必死に男を誘導する。けれど逃げることしかできず、反撃できない。


「グゥン!」


 大狐になった雪葵が男に飛びつく。けれど、男は腕で雪葵を弾いた。


「雪葵!」


 雪葵の巨体をも弾く力。尋常ではない。何とか隙を作ることができれば。そう考えながら一歩後ろに下がった時、地面に落ちていたゴミを踏み、足を取られて転んだ。気付いた時には男が直前まで迫っていた。何とか体勢を直そうと体を動かす。その時、男めがけて何かが衝突した。男は吹っ飛ばされる。


「雪葵!」


 雪葵は怖い顔で威嚇する。いや、怒っているのかもしれない。男は立ち上がり、雪葵に突進する。そして蹴り上げられるが、雪葵は動じない。


 日和が雪葵に駆け寄る。雪葵の様子がおかしい。こんな怖い顔を見たことがない。


「雪葵、大丈ぶ…」

「グオオオオオ‼︎」


 雪葵が大きな雄叫びを上げる。そして風が巻き起こる程の速さで雪葵が男に突進し、男が吹き飛ばされる。間髪入れずに男の上に回り、踏み潰す。何度も何度も。砂埃が舞う。砂埃が消えると男から黒いもやが抜けていくのが見えた。

 雪葵がそのもやに噛み付くと、煙のように消えていった。雪葵は地面に倒れている男を睨みつける。そしてまた足を振り上げた。


「もうやめて!」


 もうその男と戦う必要はない。日和が強く叫んだ時、周りの空気が凍りつく。かと思うと凄い吹雪が起こり始め、雪葵は凍っていた。


 日和は雪葵に駆け寄る。体は完全に氷に覆われていて氷は痛いほど冷たい。その雪葵の背中に誰がか降り立つ。氷と同じように冷たい視線の少年だった。


「こいつ、力を制御できていないな」

「…誰?」


日和は見上げる。何か異様な感じがした。これが妖力だろうか。


「人間に名乗る名はない」


 犬や鴉、一つ目妖よりも遥かに強そうなのが伝わってくる。戦ってはいけない。


「お前。死にたくなければこの狐から離れろ。こいつは化け物だ」

「!雪葵は化け物じゃない!知った口を利くな!」

「そうか。現にこの狐は無力となった男に危害を加えようとした。その男がもしお前だったら、お前は死んでいたかもしれないが?」

「……」


 否定できない。日和の言葉も雪葵に届いていなかったようだった。凍っていなければ雪葵は男を殺し、日和も殺していただろう。


「…それでも、雪葵は化け物じゃない」

「……なら好きにすれば良い。いずれわかる」


 少年は雪葵から飛び降りると、歩き出す。すると雪葵を覆っていた氷が割れ、小さく戻った雪葵が地面に倒れる。


「雪葵!」

「おい!あっちの方で大きな音がしたぞ!」

「何事だ!」


 路地の先から声が聞こえてくる。先程の戦いでの爆音を聞きつけてきたようだ。日和は雪葵を抱いてその場を離れようとした。けれど、男と武官に目が止まる。男の横には真菜が盗まれた袋が落ちていた。頭の中で葛藤する。


「逃げないのか?」


 いつの間にか建物の上に立っていた少年が日和を見下ろしている。日和は意を決して男に近づくと、男の腕を自身の肩に回し、引きずって歩き出す。


「お前も奴らに見つかるぞ。放っていたらどうだ?」

「そういうわけにはいかない。この人も武官も何も悪くない」


 必死に物陰を目指す。足音が近づいてくる。二人ともを運び切るのは難しい。それはわかっていても諦められなかった。


 上から呆れたような溜息が聞こえてきた。かと思うと凄い吹雪が路地の手前で巻き起こる。日和は思わず足を止めて振り返る。


「さっさと物陰に隠れろ」


 少年の声で我に返り、日和は男と武官を運ぶ。


「な、何だこれは!」

「なんでここだけ吹雪が起きているんだよ!」


 男たちが狼狽えているのがわかった。日和は男二人を物陰に隠すと尻もちをつく。大きく肩を上下させる。


「何が起こったんだ」


 男たちは混乱しつつ、周りを調べる。何もなかったと結論づけたのか、路地から消えていった。


「莫迦なのか、お前」


 安心し、腰が抜けた日和の前に少年が静かに降り立つ。


「…莫迦だよ。私も、さっきの男たちも」


 少年の瞳は冷ややかなものから、呆れに代わっていた。そして背を向けて歩き出す。


「まあいい。いいかお前。もうここには来るな。面倒ごとは御免だ」

「はいはい」 

「う、うぅ」


 武官が目を覚ます。気付けば少年の姿は消えていた。状況を苦し紛れに誤魔化しつつ伝える。歩けるようなので雪葵を抱え、真菜の元に急いで戻った。


「…あいつが妖姫」


 屋根の上から日和を見下ろす少年。そう呟く彼の瞳には戸惑いの色が見えた。



 大通りに戻ると辺りをキョロキョロしている真菜を見つける。日和と武官は急いで近づく。


 真菜に日和は袋を差し出す。饅頭の入った袋だ。真菜はそれをみると目を輝かせる。


「お饅頭!日和、取り戻してくれたの!」

「えぇ。少し潰れてしまいましたが…」

「これくらい大丈夫だよ!それより日和凄い着物が汚れているよ。怪我をしてるじゃん。大丈夫?」


 見れば着物は所々黒くなり、破けている。腕や足も擦り傷だらけだ。


「大丈夫です。追いかけている時に転んでしまっただけなので」

「そっか。ありがとうね。早く帰って手当しなきゃね!」


 真菜が日和の腕を掴んで歩き出す。日和は反対の腕で雪葵を離さないようにしっかり抱え、真菜について行った。


 日和たちは屋敷に戻り、遠子の手当を受けていた。


「真菜、日和。お使いありがとう。大変だったわね。はい、どうぞ」


 果莉弥は先程お使いで買った大福を二つ差し出す。真菜が喜んで受け取る。


「ありがとうございますー!」

「よろしいんですか?」

「えぇ。元々そのつもりだったから。お使いの御礼よ」

「ありがとうございます」


 日和はお礼を言うと大福を受け取り、一口食べる。案外控えめな甘さに加え、いちごの酸味がちょうど良くて美味しかった。


「お使いの後にこうやってご褒美をいただけるの嬉しいんだあ」


 真菜は幸せそうに大福を頬張っている。饅頭が盗まれた件を忘れてしまったかのような食べっぷりだ。良い性格だなと素直に思った。


「日和にはもう少し詳しく話を聞くわ。真菜は下がってていいわよ」

「はい。失礼致します」


 真菜が部屋を出て行く。見えなくなるのを確認する。果莉弥も遠子も真剣な顔になっていた。


「それで、ただの窃盗ではなかったのでしょう?」


 果莉弥の言葉に頷く。日和の膝には眠った雪葵がいる。可愛らしく眠る姿からは昼間の怖い顔をした姿を想像できない。


「はい。妖の仕業でした。人間を乗っ取った妖です」

「お前はよく危険な妖に遭遇するな。呪われているのか?」


 美しき声が聞こえてきた。振り返ると紫苑が柱にもたれかかっていた。


「お迎えに上がらなくて申し訳ございません」

「いや、私が急に寄っただけだ。それで街に妖が出たと?」


 紫苑は険しい顔をしていた。深刻な問題であることは明白だ。


「はい。それに…雪葵が暴走しました。私の声は届いていない、ようでした」


 紫苑は何も言わない。やはり祓うべきだと考えているのだろうか。確かにあの状況の雪葵が御苑で暴れれば、あっという間に御苑は崩壊することだろう。それはあってはならない。


 結局、その日は話をするだけで終わった。紫苑は果莉弥に仕事の用があったらしい。そのため、場は解散となった。

 夜には雪葵は目覚めた。けれど昼間のことを何も覚えていないのか、キョトンとしていた。そんな雪葵を撫でてあげることしかできなかった。

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