第二十五舞 首飾り
翌日。日和は屋敷の廊下の拭き掃除をしていた。腰を屈め、勢いよく両手で雑巾を滑らせていく。すると誰かと頭がぶつかった。日和はジーンとする頭を押さえる。「クゥ!」という悲痛な鳴き声と共に丸くなる姿が見えた。
「ゆ、雪葵。ごめん」
「ううう」
痛みに耐えていると、日和の鈴がシャラシャラと音を鳴らす。以前と鳴り方が違う。
(鈴が、震えている?)
まるで怯えているような鳴り方。けれど生憎、鈴の気持ちはわからない。不思議に思っていると雪葵が顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「え、あ、ごめん。もう大丈夫だよ。それよりどうしたの?いつもは外を走り回っているか部屋で寝ているかなのに」
こんな昼間に廊下にいるのは珍しい。日和が人間姿を注意してからは子狐姿で走り回っているか、部屋でずっと寝ているかだったのだ。
「そ、それが…」
雪葵が顔を上に向ける。何かを見せようとしているらしい。それはすぐに気付いた。
「あれ、首飾りはどうしたの?」
雪葵がいつも提げている朱色の月の首飾りがなかった。雪葵は首を横に振る。
「…もしかして失くした?」
雪葵は小さく頷いた。
日和は雪葵を連れて果莉弥の応接間を訪れる。そこには紫苑と秋人、遠子もいた。掃除道具が隅に置いてあるということは、遠子の掃除の途中で紫苑が突然来たのだろう。何か用事だろうか。
「失礼致します」
「あら、どうしたの?」
果莉弥が微笑む。紫苑は何故か険しい顔をこちらに向けていた。
「そう、雪葵ちゃんの首飾りがなくなってしまったのね」
「そうなの。昨日までは付けていたのちゃんと覚えているんだけど、今日の朝見たらもうなかったの」
「随分間抜けな奴だな」
「何をー!」
紫苑の言葉に雪葵が怒りを見せる。けれど紫苑の顔は変わらず険しい。そんなに日和と雪葵が来たことが不満だろうか。
紫苑に飛びかかろうとした雪葵の首を掴む。雪葵はバタバタ暴れていたが、一発頭を殴ると、落ち着いた。
あまりにずっとこちらを見てくるため、声を掛ける。
「藤ノ宮様。何か御用でしょうか」
「…お前は感じないのか?」
「…なんのことでしょう?」
「今朝から御苑内で強大な妖力を感じた。その力を探っているとここに辿り着いた」
今朝には消えていた雪葵の首飾り。今朝から感じる強大な妖力。震えるような鈴の鳴り方。偶然にしては奇妙すぎる。
全員の視線が一匹に向く。その本人はきょとんとしている。
「皆んなどうしたの?あ、僕、人気者⁉︎」
雪葵が楽しそうに目を輝かせる。この張り詰めた空気の中ではしゃいでいる。日和は呆れ、紫苑は長い溜息をついた。
「…本当にこの子が強大な力を持っているんですか?」
「疑いたい気持ちはわかるが、事実だろう。白狐がこの部屋に入った瞬間、空気が変わった。一歩でも動くのを躊躇うくらいの圧を感じた。けれど、首飾りがなくなるまでは感じられていなかった。ということは首飾りが妖力を抑えていたんではないだろうか」
日和には何も感じなかった。鈴が異変を知らせてくれただけだ。実感はない。妖力が弱いせいだろうか。
「今までに感じたことのないほど強い妖力。暴走すれば太刀打ちできない脅威になる」
「ま、待ってください!」
腰を浮かせ、鞘に手をかけた紫苑に立ち塞がるよう日和は前に出る。
「雪葵がいなければ私は妖を祓うという命を続けられません。それでは、藤ノ宮様もお困りでしょう!」
自分は無力だ。ならば今できることは妖を祓える雪葵を守ることである。
紫苑は鞘にかけた手を外す。そして座り直した。
「正直、今のうちに祓っておくべきだろう。太刀打ちできなくなってからでは遅いからな。けれど、こいつがいなければ御苑が危機に晒されるのも事実。もう少しだけ様子を見といてやる」
そう言うと紫苑は立ち上がり、部屋を出ていく。秋人は一礼すると主の後を追っていった。
雪葵本人は状況をよくわかっていないらしい。空気からはしゃぐ時ではないと判断したものの、困惑した顔で周りを見つめていた。




