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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
25/114

第二十五舞 首飾り

 翌日。日和は屋敷の廊下の拭き掃除をしていた。腰を屈め、勢いよく両手で雑巾を滑らせていく。すると誰かと頭がぶつかった。日和はジーンとする頭を押さえる。「クゥ!」という悲痛な鳴き声と共に丸くなる姿が見えた。


「ゆ、雪葵。ごめん」

「ううう」


 痛みに耐えていると、日和の鈴がシャラシャラと音を鳴らす。以前と鳴り方が違う。


(鈴が、震えている?)


 まるで怯えているような鳴り方。けれど生憎、鈴の気持ちはわからない。不思議に思っていると雪葵が顔を覗き込んできた。


「大丈夫?」

「え、あ、ごめん。もう大丈夫だよ。それよりどうしたの?いつもは外を走り回っているか部屋で寝ているかなのに」


 こんな昼間に廊下にいるのは珍しい。日和が人間姿を注意してからは子狐姿で走り回っているか、部屋でずっと寝ているかだったのだ。


「そ、それが…」


 雪葵が顔を上に向ける。何かを見せようとしているらしい。それはすぐに気付いた。


「あれ、首飾りはどうしたの?」


 雪葵がいつも提げている朱色の月の首飾りがなかった。雪葵は首を横に振る。


「…もしかして失くした?」


 雪葵は小さく頷いた。


 日和は雪葵を連れて果莉弥の応接間を訪れる。そこには紫苑と秋人、遠子もいた。掃除道具が隅に置いてあるということは、遠子の掃除の途中で紫苑が突然来たのだろう。何か用事だろうか。


「失礼致します」

「あら、どうしたの?」


 果莉弥が微笑む。紫苑は何故か険しい顔をこちらに向けていた。


「そう、雪葵ちゃんの首飾りがなくなってしまったのね」

「そうなの。昨日までは付けていたのちゃんと覚えているんだけど、今日の朝見たらもうなかったの」

「随分間抜けな奴だな」

「何をー!」


 紫苑の言葉に雪葵が怒りを見せる。けれど紫苑の顔は変わらず険しい。そんなに日和と雪葵が来たことが不満だろうか。


 紫苑に飛びかかろうとした雪葵の首を掴む。雪葵はバタバタ暴れていたが、一発頭を殴ると、落ち着いた。


 あまりにずっとこちらを見てくるため、声を掛ける。


「藤ノ宮様。何か御用でしょうか」

「…お前は感じないのか?」

「…なんのことでしょう?」

「今朝から御苑内で強大な妖力を感じた。その力を探っているとここに辿り着いた」


 今朝には消えていた雪葵の首飾り。今朝から感じる強大な妖力。震えるような鈴の鳴り方。偶然にしては奇妙すぎる。


 全員の視線が一匹に向く。その本人はきょとんとしている。


「皆んなどうしたの?あ、僕、人気者⁉︎」


 雪葵が楽しそうに目を輝かせる。この張り詰めた空気の中ではしゃいでいる。日和は呆れ、紫苑は長い溜息をついた。


「…本当にこの子が強大な力を持っているんですか?」

「疑いたい気持ちはわかるが、事実だろう。白狐がこの部屋に入った瞬間、空気が変わった。一歩でも動くのを躊躇うくらいの圧を感じた。けれど、首飾りがなくなるまでは感じられていなかった。ということは首飾りが妖力を抑えていたんではないだろうか」


 日和には何も感じなかった。鈴が異変を知らせてくれただけだ。実感はない。妖力が弱いせいだろうか。


「今までに感じたことのないほど強い妖力。暴走すれば太刀打ちできない脅威になる」

「ま、待ってください!」


 腰を浮かせ、鞘に手をかけた紫苑に立ち塞がるよう日和は前に出る。


「雪葵がいなければ私は妖を祓うという命を続けられません。それでは、藤ノ宮様もお困りでしょう!」


 自分は無力だ。ならば今できることは妖を祓える雪葵を守ることである。


 紫苑は鞘にかけた手を外す。そして座り直した。


「正直、今のうちに祓っておくべきだろう。太刀打ちできなくなってからでは遅いからな。けれど、こいつがいなければ御苑が危機に晒されるのも事実。もう少しだけ様子を見といてやる」


 そう言うと紫苑は立ち上がり、部屋を出ていく。秋人は一礼すると主の後を追っていった。


 雪葵本人は状況をよくわかっていないらしい。空気からはしゃぐ時ではないと判断したものの、困惑した顔で周りを見つめていた。

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