第二十一舞 正体
近頃、妙な噂が御苑内に出回っているらしい。袴の少年が走り回っている、と。
その少年は誰かの子供であるわけでもなく、服装的にも武官ではない。かといって御苑の門には門番がいるため、町民が入ることはできない。では彼は誰なのか。様々な憶測が飛び交っている。幽霊だの怨霊だのと言う話も出ている。これは全て愛華から聞いた話である。
「失礼致します」
日和は果莉弥の執務室に呼び出されていた。果莉弥が手を止め、遠子もこちらを見る。
「呼び出してごめんなさいね。ここ最近、妙な噂が出回っているのは知っているかしら?」
「噂程度でしたら」
「もしかしたら妖の可能性があるの。調べてきてくれないかしら」
「…御意」
果莉弥の命令なら行くしかないだろう。
屋敷を出て目撃情報の多い場所に行ってみる。そこは人通りの多い御所の入り口前だった。こんなところを走るなど、幽霊や怨霊ではないだろう。だとしたら本当に町民だったりするのだろうか。妖だって幽霊と同じように人間に視えないことが多い。可能性はいくらでも思いつく。
辺りを見渡していると、瞳は何かを捉えた。日和は額を押さえて溜息をつく。走る人物は見つけた。幽霊や怨霊ではありえないような楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。日和はその少年を追いかける。白い着物に紺色の袴。間違いない、この少年は…。
「雪葵いい‼︎」
日和は叫びながら追いかける。雪葵は嬉しそうに振り返ったが、日和の鬼のような形相に青ざめ、逃げ出す。
「ぎゃー‼︎」
「待ちなさーい!」
雪葵が子狐に戻り、全力で逃げていく。子狐相手に足の速さが勝てるわけがない。どんどん遠くなっていく。
「晩御飯はそこら辺の木の実にしますけど〜!」
周りの人達が怪訝そうに日和を見ている。一刻も離れたかった。雪葵はどうしても捕まりたくないようで、逃げる足は止まらない。
すっかり人通りのほとんどない場所まで走ってきていた。疲れて地面に倒れ込んでいる雪葵を見つけ、日和は肩を大きく上下させながら雪葵を持ち上げる。
「クゥ〜ン」
「もう逃げるなよ…」
「何をしているのだ?」
聞き覚えのある声に体が固まる。今の日和は紅ノ宮の着物にお団子。おまけに子狐もいる。日和は尋常じゃない汗を掻く。これはまずい。
「いえ〜探し物です」
顔と雪葵を隠してその場から離れようとするが袖を掴まれる。静かに手を解こうとするが、無駄のようだ。
「お前は妖姫か」
速攻で気付かれた。
「人違いです」
「そのボサついた頭はそうだろう」
覚えている所がおかしい。というか失礼だ。
「…… 」
突然紫苑が無言になる。ちらっと顔を見てみると、紫苑は険しい顔で日和を睨んでいた。
「何故、お前が紅ノ宮の着物を着ている?」
日和は言い訳を探すも良いものが見つからない。見つかるはずがない。目を泳がせていると、袖を強く引かれ御所の壁に体を押し付けられた。雪葵が手元から落ちる。地面にぺたんと張り付いて眠ってしまった。疲れたのだろうが、今じゃない。
「もしかしてお前は…」
「ち、違います!人違いです!」
日和は紫苑を退けようとするが、袖を引っ張られているせいで上手く力が入らない。日和は紫苑を思いきり睨む。当然、紫苑の顔が歪む。
「なんだその顔は」
「藤ノ宮様こそ、女子に対して酷い扱いではありませんか」
「何がだ」
日和は呆れる。何がって見たらわかるだろう。この貴族、莫迦なのか。
「お前、今私の事を莫迦にしただろ」
「していません」
日和は冷たく言い放つ。貴族とは言え、失礼なことをする人に敬意を払いたくない。
紫苑は暫く何か考えると突然とろけるような笑みを浮かべた。日和の背筋に寒気が走る。
「悪かったな。嫌な思いをさせてしまったようだ」
(いや絶対分かってないでしょ)
更に呆れていると紫苑がムッとした顔に戻る。
「いえ。わかっていただけたようで良かったです。では私はこれで」
無理やりすり抜けようとして体が紫苑に触れる。その瞬間、紫苑がビクッと反応し、後ずさる。日和は首を傾げつつ、今のうちに急いで離れようとする。するとなんと脚が日和の行く手を遮ってきた。
睨みつけたくて顔を上げると紫苑の指先が日和の髪に触れる感触があった。それと同時に紫苑は日和の髪をまとめていた簪を抜いた。透き通った黒髪がさらさらと流れる。
「……」
無言の紫苑と目が合う。困惑した顔を見て日和は絶望に染まる。
(終わった…)




