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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第ニ舞 白い狐と祓う者

 休憩を終え、愛華と別れて仕事に戻る。


「えっと、次は御苑西側の掃除だったよね」


 日和は御所の外壁に沿って西側に向かう。御所は御苑の中央に位置しており、その周りを貴族や武官の屯所で囲むような造りになっている。これはもし御苑が敵に攻め込まれても天皇陛下のいる御所に辿り着く時間を稼ぎ、天皇陛下を守る為の構造らしい。


 西側に着く。高い石壁が作られている上にその奥は高々と生い茂る林があるせいか、昼間でも微妙に薄暗い。御所への入り口は東側であり、貴族の屋敷等の建物もない為、人通りは全くと言っても良いほどない。それでも掃除は定期的に行われているはずなのに落ち葉やらが散らばっている。時間がかかりそうだとため息をついて仕事にとりかかろうとした時、足元に何か白い物体がいることに気が付いた。


「…クゥゥン…」

「…狐?」


 白い子狐は日和に気付くなり、怯えたように体を震わせる。日和はゆっくりしゃがむ。


「どこから入ってきたんだろ」

「クゥゥ……」


 動物の言葉は分からないが、困っているのは伝わってきた。日和は子狐の頭をそっと撫でる。


「私が出してあげるからね」


 日和が子狐を抱き抱えて石壁の方へ向かう。その時、何か違和感を感じる。


(あれ、狐って尻尾三本もあったっけ?)


 本とかで見る狐は尻尾が一本だし、それにこの狐は耳先や足が朱色なのだが、生憎狐に会うのは初めてで本物は違うのかなぁと考えていると子狐の様子がおかしいことに気が付く。体を硬くし、大量の汗をかいていた。やっぱり人間は怖いのだろうか、と考えていたが後ろから伸びてきた影に悪寒が走る。恐る恐る振り向くと、黒い空気オーラを纏った大きな犬がこちらを睨みつけていた。いや、犬、だろうか。よく見れば足が六本ある。気持ち悪さを感じた。奇妙でいて、かつ今にも噛みついてきそうな険しい顔に日和は後ずさる。


「小娘ぇぇ、そこをどけぇぇ。今は人間に興味などないのだぁぁ。その狐をよこせぇぇ」


 犬は低く地鳴りするような声だった。今すぐ逃げなければ。とは言え、走って逃げ切れるかどうか。


「クゥゥンクゥゥン」


 子狐は震えていた。この子を犬に渡せば自分は助かる。けれどこの狐は?日和は汗が頬を滴っていくのを感じながら口を開く。


「嫌がっているんだからやめた方がいいよ」

「あああ?」


 犬の睨みに怯んでしまう。それでもこの子狐を放っておくわけにはいかないと庇う。


「諦めてさっさと帰りな」

「……人間風情が口を出すなぁぁぁ‼︎」


 犬が日和を目指して飛び込んでくる。日和は持っていた箒を精一杯振り回し、犬の顔面を殴ることができた。微力ではあるが、多少は効くらしい。犬がよろけた隙に走り出そうとするが、すぐに体勢を直した犬が、日和に襲いかかってくる。あっという間に詰め寄られ、犬の鋭い牙が目の前に迫る。日和はせめてもの思いで子狐を体で覆い隠し、目をぎゅっと瞑った。これは…死ぬ。


 カンッという甲高い金属音が聞こえると同時に日和は地面に倒れ込む。地面で擦れた痛み以外は何もなかった。ゆっくり目を開け、犬の方向を見る。そこには誰かがこちらを庇うようにして犬の牙を刀で防いでいた。


御苑ここで好き勝手するとは良い度胸だな」


 青年は刀で犬を押し返す。犬は勢いで飛ばされるものの上手く着地し、威嚇するよう低く唸る。青年はそれに動じることもなく刀を構える。犬が砂埃を巻き起こす程の速さで青年に突っ込んでいく。日和は思わず息を呑んだ。青年が足を踏み込んで刀を横に振り切る。犬の速度は落ち、青年の目の前で倒れる。


 青年は懐から細長い紙を出す。それを顔の前に持ってくると目を閉じ何かを呟き出した。


「悪に満ちたりし者よ。白銀の翼にて白き星となれ」


 犬は諦めず再び青年に襲いかかる。青年は目を開くと紙を犬に向かって投げ、そして刀で切り裂いた。その瞬間カーッと犬が白い光に包まれる。眩しくて思わず目を塞いだ。


 光が消える頃には犬はいなくなっていた。青年が刀を鞘にしまい日和を振り返る。腰が抜け座り込んでいた日和に近づいてきた。


「大丈夫か、娘」


 よく見れば青年は見目麗しい顔立ちで高貴そうな服装や装飾品を身につけていた。優しくこちらに微笑みかけている。


(貴族か)


「はい、大丈夫です。助けていただきありがとうございます」


 大丈夫ではあるがまだ立てそうにない。もう暫くはここで休んでおこう。夕方までには宿舎に帰れるはずだ。


「お願いがある。娘よ、その白狐を私に渡してもらえるだろうか」


 優しい物言いの中に咄嗟に感じた圧。彼のお願いは“お願い“ではない、“命令“だ。その圧に良いものを感じなかった。子狐を自身の体の後ろに隠す。


「申し訳ございません。お渡しすることはできません」

「……何故だ?」

「この子をどうするおつもりですか?」

「保護だが?」

「……そうは思えません」


 日和の頑なな断りに痺れを切らしたのか、青年は刀を抜いてこちらに向けてきた。


「そこをどけ」

「…お断りします」


 子狐の震えが伝わってくる。この子狐といい、さっきの犬といい何も理解できていない状態だというのに、何故か貴族に刀を向けられているというのに。この子はこの人に渡してはいけない。そう本能が告げていた。


「なら、白狐と一緒にお前も死ぬか?」


 刀が日和の首筋に当たる。血が一筋流れるのを感じる。冷や汗を掻きながらも微動だにせず、ただただ青年を睨みつける。貴族に抵抗し、睨むなどなんと失礼な下女であろうか。即刻解雇を言い渡されてもおかしくなかった。

 暫く空気が止まっていた。その後、青年は溜息をつくと刀を鞘に戻す。そして日和に背を向け歩き出した。


「今はまだ放っておいても問題はない。ゆえに許してやる。だが、もしそいつが暴れたのなら迷わず祓う。そしてお前にもその責任を取らせる。覚悟しておけ」


 そう言い残して青年は去って行った。日和は緊張の糸が解け深い溜息をつく。今日は一体なんていう日なんだろうか。子狐が日和の膝にちょこんと足を置く。日和は子狐を撫でた。


「もう大丈夫だよ」


 訳のわからないことが立て続けに起きて、頭が追いついていない。けれど子狐を守れたことだけは良かったと感じた。

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