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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第十七舞 依頼

 空気が暖かくなってきたと体で感じられる頃。御苑は遊華演会の準備に追われていた。侍女も忙しくなると同時に下女も忙しいらしい。遊華演会は見れないのに準備はしなければならないとは、理不尽だなぁと感じる。けれど、それが下女の仕事なら仕方ないことなのだろう。


 日和は午前中は遊華演会の準備をし、午後は少しの間、休憩を含めた自由時間を与えられていた。昼食を終えると、自身の部屋の前の縁側に腰掛けて雪葵がはしゃぎ回っているのを眺めていた。


(もうここに来て三ヶ月が経とうとしているのか)


 早く帰りたいと思うが、まだいてもいいかなあと感じる。ここの生活もまあ悪くない。


 ぼーっとしていると当然バサバサッと激しい翼の音が聞こえた。ハッと前を見ると、雪葵の前に黒い物体が空から勢いよく飛び降りてきた。砂埃が舞い、日和と雪葵は咳き込む。日和は鼻口を腕で押さえながら急いで「グゥゥゥゥ」と唸っている雪葵に駆け寄った。


 黒い物体がよろよろと立ち上がる。砂埃が徐々に消えていき、大きな真っ黒の翼を背中から生やした人物が現れた。日和は昔見た本を思い出す。


「鴉天狗…」


 鴉の妖。その背中の翼で自由自在に空を飛び回り、剣術に長けていると言われている。


 鴉天狗はジリジリと日和に近づいてくる。日和は威嚇し続ける雪葵を抱いて後ずさる。背中が壁に当たる。逃げ場を失った。鴉天狗はそれを良いことに凄い速さで日和に詰め寄り、両肩をガシッと掴んできた。


「お願いしますお願いします‼︎」

「ひっ!」


 凄い形相の鴉天狗に思わず悲鳴をあげる。雪葵が日和の腕から飛び出し、鴉天狗の頭に噛み付いた。


「痛たたたたたたた‼︎」


 鴉天狗は頭をぶんぶんと振って雪葵を振り落とす。宙に放り投げられた雪葵を日和は慌てて受け止めた。


「何の用!」


 日和は精一杯に鴉天狗を睨みつける。鴉天狗は狼狽えたかと思うと…突然土下座した。


「妖姫様ぁぁ!お力を、貸してくださぁぁぁぁぁい‼︎」

「………は?」

 予想外の話に日和は間抜けな声を出してしまった。



 縁側に座り、鴉天狗はお茶を啜って落ち着いていた。よく見ると少年のようだった。この光景が奇妙で日和は怪訝な顔で見つめている。


「…と、突然すみませんでしたー」

「全く。襲いにきたのかと思ったよ」

「そんなことは絶対にございません!人間に話しかけるなんてほとんどしたことなかったもので、か、加減がわからず…」

「加減って」


 鴉天狗は眉尻を下げて笑う。


「妖姫様。あの、どうかお力を貸してください!」

「私がそもそも妖姫かどうかわからないから、力になれと言われても…」

「?他の人間とは明らかに違う妖力を感じますが?」


 鴉天狗が首を傾げるが、日和にはわからない。


「お、お話だけでも聞いてください。僕は長年、御苑の裏の森に住んでいるんですが、最近見たことのない妖が暴れて森を占領し始めたんです。今までこの森に暮らしていた妖を全て追い払ってしまって…」

「それが妖姫とどう関係があるわけ?」

「妖姫様は全ての妖の神様です。そ、その方なら暴れている妖を止めることができるんじゃないかなぁ、あ、です…」


 日和は眉間に皺を寄せる。妖姫なら暴れている妖を止められる。正直、そうは思わなかった。もし日和が妖姫だとして今まで出会ってきた妖を止めれたことなんて一度もなかった。日和が妖姫でないのなら当然の結果だろうし、森で暴れている妖を止めることもできない。


「…難しいですか?」

「難しいとかより、まず私が妖姫かどうかなんだよ」


 妖姫じゃなかったらその妖をどうすることもできない。無駄死にはしたくない。


「……もしかしたらここもメチャクチャにされてしまったり…」

「…なんて?」


 日和は身を乗り出す。聞き捨てならないことが聞こえた気がする。鴉天狗は驚いたようでバタバタと手足を動かす。


「わわわわ!そ、その妖は凶暴なので放っておいたら御苑まで降りてくるんじゃないかと思って…じゃなかった、思いまして」


 それはまずい。妖がここで暴れるのは避けたほうが良いだろう。


「だったら妖祓師である藤ノ宮様に頼んだほうが…」

「藤ノ宮様ですか?」

「妖祓師なんだけど…」

「それは嫌です!」


 鴉天狗が大きな声で叫ぶ。よほど嫌なようだ。


「あの、その、ぼ、僕は貴女にお願いしているんです!どうか、お願いします!」


 鴉天狗が深く頭を下げる。雪葵が日和の裾を引っ張る。他に頼るのも無理そうだ。日和は軽く溜息をつく。


「…わかった。何すればいいの?」


 鴉天狗が嬉しそうに顔を上げ、早口で話し出す。


「貴女には妖を説得してほしいんです。この森から他の妖を追い出さないでほしいと。それだけで構いません」


 それだけで、と言うがかなり大仕事で命懸けだろう。日和は頭が痛くなりそうだったが、動く気力がなくなる前に立ち上がる。


「鴉天狗、案内して」

「はい!お願いします!」

「あと無理して敬語使わなくていいから。話しやすいので良いよ」

「あ、うん、ありがとう。敬語って難しいからなかなか慣れなくて…。改めてよろしくね」


 日和と雪葵は鴉天狗について行った。

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