表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
16/99

第十六舞 茶会

 果莉弥や遠子、真菜のお陰か、紅ノ宮での生活はすぐに慣れた。紗綾や伊万里に度々睨まれるが全然気にならなかった。あの見目麗しい顔に睨まれるのに比べたら大したことない。


 侍女になってからひと月。果莉弥に呼ばれて執務室に入ると、侍女達も勢揃いしていた。


「急に呼び出してごめんなさいね」


 果莉弥は侍女を一人ずつ見ると頷いて話を始める。


「先日、お茶会の誘いを受けたの。二つの宮のみで行う小規模の会合よ。そこではお互いの侍女は芸を披露するのだけれど、それが明日になってしまったの」


 果莉弥は日和の為に噛み砕いて話してくれる。ちなみに“宮“や貴族を表していると遠子に教えてもらった。


 侍女達がざわめく。真菜が手を挙げた。


「流石に急すぎませんか?」

「こら、真菜!」


 紗綾に睨まれ、わなわなと震える真菜。遠子がそれを宥める。


「そうよね。正直私達もそう思っているわ。けれどお互いの日程で合うのが明日しかなかったの。本当にごめんなさい」

「いえ。果莉弥様がお気になさることではありません」


 伊万里の言葉に果莉弥が困った表情のまま微笑む。


「ご安心ください。私達ならば明日までに準備を終えられます」


 紗綾が自信満々に胸を張る。相当自信があるようだ。


「ありがとう。信じているわ」

「あの」


 日和が手を挙げた。紗綾と伊万里に睨まれるが気にしない。失礼なことはしない。


「そのお茶会を行う貴族はどなたなのですか?」


 果莉弥が首を傾げる。


「あら、私言わなかったかしら?」

「仰っておられませんよ」


 遠子に即答され、あらそうだったかしらと果莉弥が笑う。表情を戻すと、口を開いた。


「お相手は“緑“を与えられし貴族。葉ノ宮、椎名真琴」



 葉ノ宮とはどんな人物なのか。前もって聞いておきたかったが、お茶会の準備のため、徹底的に振り付けを叩き込まれ、話を聞くどころではなかった。あっという間に当日になる。


 果莉弥を先頭に侍女達が続いて歩く。日和は一番後ろから侍女達に置いていかれないように必死に足を動かしていた。


 会場は葉ノ宮邸。到着すると緑の着物の侍女が待っていた。目つきが鋭く、あまり目を合わせたくない。


「お待ちしておりました」


 侍女が頭を下げた後、果莉弥達を屋敷内に案内する。そん時、侍女が遠子を強く睨みつけたように見えた。遠子はそれに対してどう返したのだろう。


 侍女が立ち止まると、襖の奥に声をかける。男性の声が返ってきて、侍女が襖を開ける。その先には数人の侍女と若い男が座っていた。男の身につけている装飾が豪華なことから彼が葉ノ宮、真琴のようだ。ニカっと笑って手を挙げる。


「久しぶりだな、紅ノ宮。元気そうで何よりだ」

「ふふふ。葉ノ宮もいつもと変わりなくお元気そうですね」


 果莉弥が腰を下ろし、お茶会が始まる。


 葉ノ宮は気さくな人だった。好青年という感じで仕草も少し豪快で、正直貴族には見えなかった。しかし、不快ではなかった。作法がちゃんとしているのだ。


 侍女達の芸のお披露目の時間となった。先に葉ノ宮の侍女達の番である。彼女達の演目はお琴の三重奏だ。

 演奏が始まる。綺麗な音色を奏でる上に三人の息がぴったりだった。素晴らしい演奏だ。真琴も果莉弥も満足そうに笑っている。


 葉ノ宮の侍女達の演奏が終わり、次は紅ノ宮の侍女達の番である。準備をしていると、着席した葉ノ宮の侍女達からの視線が刺さる。主には気づかれないよう睨んでいるのだろう。何がそんなに気に入らないんだろうか。日和はやれやれと溜息をついた。


 音楽が鳴り始める。日和は見せつけるように指先足先一つ一つずつに神経を通わせ、美しい踊りを披露する。葉ノ宮の侍女達は感動していた。日和は心の中で拳を握る。その後の悔しそうな顔を見て、鼻で笑った。


「最近はいかがお過ごしで?」


 侍女達の催しが終われば、後は座談会になる。たわいのない話をするのだ。たわいのないと言いつつ腹の探り合いになるのだが。


「これといった特別なことはありませんわよ。あるとすれば、新しく侍女を迎えたことですね」

「ああ。先日の会合で素晴らしい踊りを披露したというあの美女だな。そこに今もいる」


 真琴の言葉に全員の視線が日和に集まる。色々誤解があるんだがと思いつつも一礼する。真琴の後ろと真横の痛い視線は無視する。


「そういえば、そろそろ遊華演会だな」

「あら、もうそんな時期。早いですね」


 聞き慣れない言葉に日和がわかりやすく首を傾げていると隣の真菜がそっと教えてくれた。


「遊華演会っていうのは、天皇陛下や貴族六人全員、更には御苑外の天皇陛下と親交の深い方々が参加して行われる大規模な芸会のことだよ。先日開かれた会合のもっっと豪華な感じ」


 貴族だけでの会合でさえ、華やかに感じた。天皇陛下も参加するとなれば相当豪華なものに違いない。


 茶会を終え、自身の所属する屋敷に戻ってくる。体が重い。気疲れしたのだろう。衣装を脱ぎ、ふぅと息を吐く。遠子が果莉弥の元へ行っており、伊万里と真菜は夕飯係の為、早々に台所へと行ってしまった。今ここには何の予定もない紗綾と日和だけしかいない。話しかけるのも怖いが、無言な空間もきつい。勇気を出して話しかける。


「あの。私達、葉ノ宮の侍女達に嫌われているのですか?終始睨まれていた気がするのですが…」

「日常茶飯事よ。気にしたら負け。そもそもここの侍女が優しすぎるのよ。自分の主が一番だと思うのは当たり前じゃない。他の貴族が気に食わないんでしょうよ」


 案外普通に答えてくれたことに日和は思わず動揺してしまった。紗綾が睨んでくる。


「何よ」

「あーいえ、睨まれるのが当たり前とはなかなか物騒だなと」

「そう?まあ変なことって言われればそうかもね。六年ここにいればそんな感覚も鈍るものよ」


 六年とは長い。果莉弥様にずっとついているのだろうか?機嫌を損いたくないため、聞くのはやめておく。


「ちなみに。他の宮を嫌っているのは葉ノ宮と“黄“の菊ノ宮の侍女だけよ。他はそこまで気にしていないわ」

 会話が止まってしまった。片付けにはまだ時間がかかりそうだ。ふと先程の話を思い出す。

「そういえば、その遊華演会?はいつ開かれるのですか?」

「来月よ。もうそろそろ準備が始まるわね」


 着替えを終えた紗綾が脱ぎ捨てていた衣装を拾う。


「侍女達はまた芸を披露するのですか?」

「そうよ。天皇陛下もいるのだから、絶対に失敗はできない。本当に緊張するわ。何年参加しても慣れないわね」


 紗綾が溜息をつく。よほどしんどいのだろう。


「後、覚悟していた方がいいわ」

「覚悟、ですか?」


 紗綾は一足先に片付けを終え、部屋を出て行く。一人になり、慌てている日和に視線を向ける。

「何もしていない時が一番地獄よ」


 そう言って紗綾は行ってしまった。日和は首を傾げる。後程、意味を知るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ