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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第十五舞 侍女 その二

 翌日から早速、侍女として働き始めた。下女ではなくなったもののやはり素顔を隠すべきだとして必ず最低限の化粧をするよう言われた。けれどそんな面倒なことはしたくないので抵抗し続けると、せめて屋敷を出る際は化粧をするようにと言ってもらえた。髪型も指摘されたが、仕事をする上で鬱陶しくなるので、お団子のままでいさせてもらった。


 仕事内容は下女の頃とあまり変わらなかった。洗濯、掃除、食事の準備等。今まで通りで日和はほっとしていた。


 仕事をしていくにつれ、紅ノ宮の侍女の真菜と過ごす事が増えた。紗綾や彼女とよく一緒にいる伊万里とは馬が合わなさそうでよく睨まれている。その分、真菜は愛華と同じように明るく、人懐っこいため話しやすい。そんな中、一つ疑問が浮かび上がる。


「真菜さん」

「ん?なぁに?」

「夏凪さんを見かけませんがまだ体調が悪いのですか?」

「…夏凪さんね、実家に帰ることになったんだって。仕事ができる状況じゃないみたい。私達もここ最近夏凪さんには会っていないから果莉弥様や遠子さんからの話になるんだけどね」

「そうなんですね…」


 妖に襲われ心に傷を負い、今までの生活を失う。なんて恐ろしい事だろう。妖は躊躇いもなく人間を傷つける。


『もしそいつが暴れたのなら迷わず祓う。そしてお前にもその責任を取らせる。覚悟しておけ』


 紫苑言われた言葉を思い出す。そして視線は元気よく走り回っている雪葵に移る。


(もしかしたらいつか雪葵も?)


 あの一つ目妖と同じように人間を襲うようになるのだろうか。そんな事ないと言いたいが、確証はない。


(今は考えないでおこう。襲うっていう確証だってないんだし)


「藤ノ宮様がおいでになるそうよ!」


 その知らせを聞いたのが侍女になってたった四日後のことだった。紅ノ宮に例の美女が侍女として入った、という噂が入ったらしい。御苑には噂好きが多いようだ。そもそも美女ではないし、侍女になることを公開してもいない。誰がそんな噂を流しているのだろうか。


 それを考えている暇はなかった。藤ノ宮の狙いは十中八九、日和である。勘が鈍い日和でもわかる。あの時、無理やり逃げてしまったのだ。何を言われるかわからない。


 遠子も狙いがわかっているようで、日和の髪型を問答無用で変えていく。髪の上部だけを髪飾りで留め、他はそのまま流す。おしろいを叩かれ、くしゃみを我慢する。


 準備が終わると応接間に移動した。この場にいるのは果莉弥と日和のみ。遠子は紫苑の迎えに行っており、紗綾達には出番がない。しかし部屋を覗くようにして待機していた。そこまでして何を見たいというのだろうか、と考えて思いつく。紫苑は人気者だった。あの微笑みをきっと日和にも向けてくれるだろう。残念ながら日和はちっとも嬉しくない。それどころか悪寒が走りそうだ。


 暫くして襖が開き、見目麗しい人が現れる。紫苑は果莉弥の前まで歩くと軽く頭を下げる。


「先日の会合ではどうも」

「こちらこそ。わざわざここまでご苦労様ですね」

「大したことではありません」


 紫苑は周りの侍女達に微笑みかける。その微笑みに紗綾と伊万里は溶けてしまい、真菜は見とれていた。遠子は三人を引きずって部屋から遠ざけていった。


「先日、一人侍女を迎えたとお聞きしました。何か体勢を整えているのでしょうか」

「まさか。手が足りないから迎えただけですよ。物騒なことは致しません」


 下っ端侍女が聞いて良い内容なのだろうか。二人の貴族の間に火花が見える気がする。


「先日迎えた侍女はこちらです」


 果莉弥が日和を紹介する。紫苑は日和の前に立つ。逃げたいが我慢するしかないだろう。ただ、気まずい。


「またお会いできて嬉しいです」


 紫苑が跪く。日和は慌てた。


「わ、私は侍女です。おやめください」


 言いたいことは伝わっただろうか。紫苑は立ち上がる。


「名を教えてはもらえないだろうか?」


 口調が砕ける。その方が有難いが、名前を簡単に教えて良いものだろうか。今まで名乗ってはいないのだから問題はないのだろうが…。果莉弥に視線を移すと頷かれた。


「日和と、申します」

「…良い名前だな。少しこの者と話をしたい。時間をもらえるだろうか?」

「構いませんが、手短にお願いします。彼女にも他に仕事がありますから」

「わかっています」


 果莉弥も紫苑についてきた秋人も部屋を後にする。日和は果莉弥に助けを求めたが、目配せされただけでそのまま行ってしまった。


(どうすんだよ、この状況!)


 まさか一人置いていかれるとは思っていなかった。断れないし、今回は逃げれなさそうだ。


「……」

「……」


 紫苑が無言なら日和も無言になる。何を話したいの言うのだろうか。


「日和はどこから来たのだ?」

「……伝統芸能を扱う劇場です」

「だから踊りが得意なのだな」


 柔らかな声が近づいてくる。日和の体が思わず強張る。


「もう一度、よく顔を見せてくれないか?」


 背筋に悪寒が走った。紫苑の手が伸びてくる。日和は逃げ場を失う。迫ってくる恐怖に噛みつくしかないかと考えている時だった。


「藤ノ宮?」


 怒りのこもった優しい声が聞こえる。紫苑がピクッと止まる。そしてゆっくり声の主を見た。部屋を出て行ったはずの果莉弥と秋人がいた。果莉弥は微笑んでいたが、その奥にメラメラとするものが見えた。紫苑は日和かあら離れると数歩退く。


「ち、違う!ただ私は…」

「あらそう。何が違うのかは分かりませんが、違うのでしたら容易くうちの侍女に触れようとしないでもらえます?それとも陛下に願いして貴方を出禁にしましょうか?」


 秋人がやれやれと溜息をついている。紫苑は汗が流れ出し、一礼してさっさと歩き出す。


「今日は失礼する。では」


 秋人はこちらにしっかり頭を下げると主を追いかけていった。側近は大変そうだ。それにしても…。


(この主、おっかねぇー)


 この人の侍女でよかったと思うべきか、大変だと思うべきか。どちらにせよ、平凡な日常は無理だな、と諦めた。

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