第十三舞 昇格
会合から七日が過ぎた。日和のことは誰にも気づかれていないらしい。しかし彼女は誰だ、と貴族の中ではかなり噂が立っているようで、その噂は侍女や下女にも伝わり、気づけば御苑の謎として注目されていた。そんなかで日和が居心地が悪かったのは言うまでもない。
果莉弥や遠子は昔からの知り合いで急遽手伝いに来てもらった、と話しているらしい。いつかは嘘が見抜かれそうだが、納期までは騙されていてくれと願う他なかった。
愛華には今回のことを黙っておくよう強く忠告しているので、愛華から話が漏れることはないだろう。ノリは軽い性格の子だが、約束はちゃんと守る子だ。
日和はいつも通り下女の仕事をする。雪葵が走り回る中、御所付近の掃き掃除をしていると、冷たい視線を感じた。顔を上げると、見目麗しい顔が日和を睨みつけていた。その後ろには無表情の秋人もいる。
雪葵が威嚇するように日和の前に出てくる。それが紫苑の癪に障ったらしい。彼の眉間に皺が寄る。綺麗な顔をしているのに勿体無いなぁと感じる。
呑気に考えている間に紫苑が鞘に手を掛けていた。かなり癪だったようだが、こんな所で刀を抜かれては困る。
「女子には優しい藤ノ宮様〜」
紫苑は後ろから聞こえてきた遠子の一言に動きを止める。
「まさか、あの紫苑様が無防備な相手、しかも女子に刀を向けるなんてことしませんよね?どんな理由であれ、このことが他の侍女や下女達に知られてしまったらどうなるでしょう〜」
刀は一度既に向けられているので日和が訴えればあっという間に広まるだろう。信じてくれるかどうかは別の話だが。とは言え、そもそも日和は訴えるつもりはない。
紫苑の肩が小刻みに震えている。少しして鞘から手を離した。
「似てきたな」
「いえいえ、及びませんよ」
遠子が日和に近づく。秋人は紫苑に声をかける。そしてそのまま御所の中に消えていった。秋人は軽く遠子と日和に頭を下げると主について行った。
(下女にも礼儀正しいんだなぁ。それに比べて……。貴方が睨んだ女、先日貴方がベタ褒めしてた女なんですよーだ)
心の中で精一杯嫌味を言うので留めておいた。
「ありがとうございます。どうしてこちらに?」
遠子は微笑んだ。
「果莉弥様が日和をお呼びなの。紅ノ宮邸まできてくれないかしら」
「え?」
日和は目を丸くした。
紅ノ宮邸の執務室の襖が開かれる。
「果莉弥様。日和を連れて参りました」
紅ノ宮邸の執務室は藤ノ宮邸に比べて装飾品が多く、特に煌びやかな金色の装飾が存在感を放っていた。初めての輝いている空間に、日和の瞳も輝く。金の装飾にそれほど興味はないが、凄いとは思う。金にしたら相当凄いものになるだろう、とまで考える始末だ。
「あら、いらっしゃ〜い」
「失礼致します」
日和は一礼して果莉弥の向かいに腰を下ろす。
「そんなにかしこまらないで。ほらほら食べて飲んで」
紗綾が嫌そうな顔でお茶と饅頭を日和の前に置いた。日和は慌てる。
「お、お構いなく。私は物を頂ける立場ではありません」
「いいのよ。この間の御礼だと思って食べてちょうだい」
「ですが…」
「会合が無事に終わったのは日和のお陰よ。何か感謝の御礼をさせてほしいの」
そう言われると断れなかった。果莉弥に一礼して頂く。
「それでお話しなんだけどねぇ」
日和はお茶を一口飲む。
「私の侍女にならないかしら?」
そのお茶を盛大に吹き出しそうになった。