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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
12/99

第十ニ舞 踊り子

会合の四半刻前。雪葵を自身の部屋に残し、日和は紅ノ宮邸で振り付けを教えてもらっていた。ある程度頭に入り、今は身支度に取り掛かっている。


 着替えや化粧は侍女自身でやるらしい。下女に任せるかと思っていたが、納得はできる。下女の中には着付けはできても化粧できない者が多いのだろう。化粧する場面がなければ技術が身につくこともない。それならば自分達でやるのが一番良い方法である。


 自分でやるはずが日和は遠子にやってもらっていた。日和は何度か舞台に立ったことはあるので、化粧もできる。しかし、遠子は先程は一緒に踊って欲しいと言ったが、やはり申し訳なさを感じているようだ。どうしてもやらせて欲しいと頼み込んできたのでお願いすることにした。


 化粧の前に衣装に着替える。着物ではなく、ヒラヒラした袖に、胸元が大きく開いた白い上着に裾がふんわりした紅色のスカートを身に纏う。着たことのない類の衣服なので、なんだか落ち着かない。いつも通りに歩けるかも危うかった。


 化粧は遠子が丁寧にしてくれる。顔を隠すと言ってもどうするのだろう。と思ったが、今まで貴族と話したことさえないのだから、顔を覚えられているとは思いにくい。藤ノ宮に気づかれる可能性はあるが、知らんふりをしていればなんとかなったりするだろう。


 化粧を始めて少しして見知らぬ女性がひょこっと顔を出す。華美な装飾に紅色の着物。主の果莉弥だ。


「あら〜貴女が日和ね。初めまして〜、紅ノ宮の果莉弥よ」


 明るく可愛らしい人だ。日和は頭を下げる。


「お初にお目にかかります。本日は何卒よろしくお願い致します」

「もう硬いわね〜。こちらこそありがとう。こんな無茶振りに応えてくれるなんて感謝しかないわ。身元のことはわかせておいて。ばっちり隠蔽するから」


 言葉だけ聞くと悪っぽいのだが、今の日和には助かる。


 果莉弥はにこやかに手を振って部屋を出て行く。化粧を完成させる。


 化粧を終え、神を解き、櫛を滑らす。


『ほぅ…』


 侍女達から溜息がこぼれる。そこにいるのは下女とは思えない美しき女性であった。




 日和含めた侍女五人は貴族らの前で舞った。日和は緊張しているせいで、誰の顔も見れなかった。


 日和にとって半刻という振り付け指導の時間は十分過ぎるものだった。振り付けはそこまで難しくなかったのもある。昔、姉に教えられた振り付けに比べたら簡単な方だった。裾を踏んで転んでしまわないかだけが不安だったが、なんとか乗り越えられたようだ。


 あっという間に出番が終わる。そそくさと部屋を出て着付けの部屋に戻るために廊下を歩く。遠子達は慣れているようですたすたと歩いていくが、日和は裾を踏まないよう気をつけていると、よちよちと雛のようになってしまう。そして遠子達が遠のいていく。全然追いつけそうにない。


「待ってくれ!」


 会合の行われている部屋を離れ、人気がなくなったところで声を掛けられる。日和は顔を見られたくない一心で、振り向かず足も止めない。流石に気づかないふりをしていれば諦めるだろうと思っていたが、不意に肩を引かれ、振り向いてしまった。


「‼︎」


 声を掛けてきた人物の顔を見て日和は目を見開く。紫苑だった。紫苑の息が顔にかかる。以前の有無を言わさない圧の強い様子はなく、ただ真剣な眼差しを日和に向けていた。この見目麗しい人にこう見つめられれば誰もが心を動かすだろう。不覚にも日和の心臓が大きく脈を打つ。


「ぶ、無礼をすまない。貴女は先程後ろ側で踊っていた者で間違いないか?」


 どうやら日和であると気づいていないらしい。日和はほっとすると同時に早く逃げ出したかった。こんなに近い距離ではいつ気づかれるかわからない。だからと言って貴族の手を振り払うことはできなかった。


「…はい、そうですが…」


 日和は声色を少し高くする。声で気づかれるのも避けたい。


「そうか…。その…」


 紫苑がしどろもどろになって目が泳ぐ。初めて見る姿に驚く。普段はあんなに態度が大きいのにこんな一面もあるのか。暫く驚いていると紫苑がまた日和を見つめた。吸い込まれそうな瞳だ。


「先程の貴女はとてもお美しかった。芸に興味のない私も魅入ってしまった。その、礼を言いたい。あ、ありがとう」


 紫苑の頬がほんのり赤く染まっている。そして頭を下げられた。日和は数歩後ろに下がる。肩を掴んでいた大きな手は簡単に外れた。日和は戸惑う。こんな時、どうすれば良いのか知らない。


「い、いえ!私のような者に頭を下げないでください。私はそうするよう命を受けているだけですので、御礼を言われるようなことはしておりません」


 必死に頭を回転させる。こうなったら、逃げるが勝ちだ。一礼すると、そのまま駆け足でその場を去る。


「それでは、失礼致します!」

「!待ってくれ!」


 紫苑の言葉を無視して、何度も裾を踏んで転けそうになるのを耐えて着付けの部屋に辿り着く。急いで襖を開けて中に入ると勢いよく襖を閉める。襖にもたれかかると胸を押さえる。


「はぁはぁはぁ」

「どうしたの日和。そんなに慌てて」


 遠子が心配そうに日和を見る。その声は届いておらず、日和はぎゅっと胸元の衣服を握る。鼓動はとてつもなく速かった。


(な…なんなの一体…)

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