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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編2
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第第十舞 貫く意志と護る者

楓霞が日和の肩に優しく手を置く。


「一緒に解毒剤を取りに行きましょう。私なら多少の攻撃を防げます」

「…楓霞さん。何故紫苑様はあの体になっても尚、戦おうとするのですか。私には分かりません…」

「……私のためなのですよ。妖が嫌いなことも、ここまでして戦うことをやめないことも」


 そう言って楓霞は歩き出す。日和も後を追う。


「私は妖と分かり合いたいのです。妖祓師としては失格かもしれませんが、どれだけ悪事を働いていてもそれに気付き、正しい道へ戻してあげられる。そして人間と妖は共存できる。そう、信じているのです。昔からそうでした。物心ついたあの時から」


 優しい声とは裏腹に楓霞の表情は暗い。あの頃を思い出してしまう。


「ですが、その考えは甘いものでした。私はある妖と話そうとして…大怪我を負ってしまったんです。それを紫苑が見つけて助けてくれました。彼は、同じことを私に繰り返して欲しくないのだと思います」


 落ち着いているが、少し悲しそうな声色。日和は今までの紫苑の言動を思い返す。そして、少し腹が立った。


「例えそうだとしても、あの言い方や態度は無いと思います。もう少し分かりやすくても良いじゃないですか。どうぞ誤解してくださいと仰っているようなものです」


 ふつふつと文句が溢れてくる。ずっと溜め込んでいたようだ。


「ちなみに私は楓霞さんと同じ意見です。全ての妖と分かり合えるとは思いません。けれど、きっと共に生きていく道はどこかにあると思うんです。無闇やたらに妖を祓いたくありません」

「日和…」


 楓霞は目を見開き、そして泣きそうな微笑みを浮かべた。


「…ありがとう」

「いえ。急ぎましょう」


 空は今にも泣き出しそうだ。日和は加勢したい思いをグッと堪え、楓霞の家に急ぐ。岩や木の破片が飛んでくるのを楓霞が妖気で弾いてくれる。なんとか家の中に入ることができたが、建物は崩れていないものの、振動や衝撃で壁は所々禿げ、床には物が散乱していた。硝子の容器はいくつか割れて転がっている。


「楓霞さん……」

「大丈夫です。解毒剤は鍵付きの棚にしまってありますから」


 そう言って楓霞は硝子の破片を避けながら家の奥に進む。衣囊から鍵を取り出すと、一つの棚に鍵を挿した。そうして、一つの容器を持って戻ってくる。


「これを急いで紫苑に……」


 突然地面が大きく揺れ、思わずしゃがむ。楓霞は均衡バランスを崩して倒れてしまった。その拍子に杖が折れる。


「楓霞さん!」


 駆け寄ろうとする日和を楓霞は止める代わりに容器を投げた。日和が焦って受け取る。


「私は大丈夫です。先に行ってください!嫌な予感がする…」

「…分かりました。楓霞さん、お気を付けて」


 日和は容器を強く握りしめると立ち上がって家を飛び出す。瞳に飛び込んできた情景に日和は息を呑んだ。


 百足妖は地面に伏し、その上には大雨に濡れる紫苑が呆然と立っていた。雪葵と秋人は肩を大きく上下させ、片膝をついている。


 紫苑が大きく揺れ体が傾いた瞬間、日和は駆け出す。倒れた紫苑の口に固形型の解毒剤を入れ、持っていた水で流し込む。苦しそうに唸っていた紫苑は徐々に落ち着いたようで静かに眠りについた。


 雪葵が紫苑を乗せて、百足妖から下ろしてくれる。大きく息を吐いた。


「ありがとうございます、秋人さん、雪葵」

「いや、私達は何もできなかった…」


 秋人が暗く悔しそうに呟く。雪葵もただの疲弊とは違うようだ。


「僕達ついていけなかったんだ。毒に侵されたはずなのにこいつ物凄く速くって。逆に邪魔になるかもって思うくらい。隙を見て必死に攻撃をしかけてはいたけど…」


 相当無茶をしたらしい。呼吸が落ち着いてきたとは言え、顔はまだ青ざめていた。


 もっと安静にできる場所に移動させようと顔を上げた時、後ろからの気配を捉える。信じたくなかった。けれどこの妖気。奴はまだ動いている。


 日和が恐る恐る後ろを振り返ると案の定百足さんが起き上がり、尾を大きく振りかざしていた。雪葵と秋人が日和達に向かって駆けて来るが間に合いそうにない。


 そんな時だった。


「ーもう終わりにしましょう。貴方はやり過ぎた」


 楓霞の声と共に百足妖の下に陣が現れる。光が強くなると共に百足妖は苦しそうに唸る。周りが真っ白になり光が消えると百足妖の姿はどこにもいなくなっていた。


 家の壁に手をつき、なんとか立っていた楓霞を秋人が支える。そのまま紫苑にゆっくりと近付いた。そしてその場に座る。


「すみません、紫苑。二度も貴方に無茶をさせた。私は先生と呼ばれる資格はありません…」


 楓霞は悔しそうに呟き、次に秋人を見る。


「君にもまた苦労をかけましたね」

「いえ…。私も二度も彼を守れませんでした。従者として、幼馴染として失格です」


 空気が重い。けれど日和は構わず口を開く。


「そんなことないと思いますよ?」

「…日和?」

「私が見てきた時間はほんの短時間です。けれど、それだけでも紫苑様がどれだけ楓霞さんを大切に想っているか、秋人さんを慕っているか、分かりました。それに楓霞さんや秋人さんがどれだけ紫苑様のことを気にかけているかも分かります。ちゃんとお互いにも伝わっているはずです」


 日和の言葉に二人はハッとする。


「紫苑様ならこう言うと思います。『資格ないだの失格だのうだうだ言うな』って」


 秋人は暫く黙り込むと日和を見た。


「和の娘。先生と紫苑様を頼む。先生の新しい杖を作る」

「作る?」

「材料は小屋に保管してあるので使えると思います。またお願いしますね」

「御意」


 日和の目は点になっていた。雪葵は楓霞の膝で眠っている。先程の戦闘の名残りがある場所で秋人は黙々と木材を削っていた。


「楓霞さんの杖って秋人さん作だったんですね」

「ええ。秋人は昔から手先が器用でしたから。反対に紫苑は不器用で歪な形の杖を何本も作ってくれましたよ」


 そう言って楓霞は振り返り、家の天井近くに視線を向ける。日和もつられて視線を動かすとなんとも言えない形の木の棒がいくつも飾られていた。


「これら全て紫苑様の自作ですか?」

「はい。たくさん作ってくれたんです」

「…ふふっ。趣ありますね」

「あ、紫苑が起きてたら怒られますよ。莫迦にしているのかって」

「ほんとだ。黙っておこ……」

「聞こえてるぞ」

「あ……」


 奥の部屋から不機嫌な声が聞こえる。その声に張りがないのは病み上がりだからだろうか。


 日和はそっと襖を開ける。そこにはジト目の紫苑が横たわってこちらを睨んでいる。日和は「あははー」と誤魔化すとピシャンと襖を閉めた。


「おい」


 紫苑が襖を開く。不意に楓霞と目が合い、紫苑は逸らす。楓霞は悲しそうに、でも優しく微笑んだ。


「ありがとう、紫苑。また助けられましたね」

「……もう無茶はしないでください。懲りたでしょう」

「ふふっ」


 楓霞が静かに頷いた。


「懲りてません」

「はあ?」


 紫苑が拍子抜けの声を漏らす。楓霞はさぞ面白そうに笑った後、覚悟を決めた瞳をしていた。


「私はまだ妖と手を取り合える世界の夢を諦める気にはなりません。けれど紫苑にこれ以上迷惑をかけるつもりもありません。少しずつ考え方を変えていこうと思います。妖祓師としての役目を全うしつつ、その中で守れるものは守る。そうしたいのです」


 その言葉から意志が堅いのが窺える。紫苑はぐしゃぐしゃに頭を掻きむしると肩を落とした。


「あーあー、分かりましたよ。本当に頑固だなあ」

「貴方こそ。もう私の為に妖を嫌う必要はありません。私の夢、信じたいと言ってくれたでしょう?」


 ギクっと肩を震わせ、目を逸らす。楓霞は日和の肩に手を置いた。


「彼女も私と同じことを考えていてくれました。それなら、応えないといけませんね?」


 面白そうな顔をする楓霞を見て日和は首を傾げる。対して紫苑は目を泳がして分かりやすく動揺していた。


「紫苑様。私はきっと紫苑様も楓霞さんと同じ考えだと思っています」

「……はぁ〜。先生が考え直すって言うなら俺も変わらなきゃいけねぇか。ったく身勝手だ」

「ふふっ、そうですね」


 謝ったりしない。何故なら間違った道ではないと信じてるから。

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