第七舞 羨ましい家族
重い空気になってしまい、何か解決策をと考えていると、ふと強い妖力を感じる。四方八方からだ。日和と雪葵が腰を浮かした瞬間。
「天ノ宮様!」
妖が襖を貫き、七織に襲いかかる。日和が思わず声を上げると七織が妖の方に顔を向け、はっとする。衝突直前に巨体の雪葵が七織を咥え、助け出した。遥希が素早く七織の前に滑り込み、銃に手をかける。
煙が収まると影がむくりと起き上がる。そして大きな羽を広げた。人の姿で狐の面をつけている。
「妖姫だな」
狐面妖が口を開く。日和は七織に駆け寄りながら狐面妖を警戒する。突然の信じられない出来事に七織は怯えていた。先程の衝撃で知音は部屋の隅で気絶している。雪葵が七織を咥えたまま知音の傍に寄り、二人を護るよう立ちはだかる。
「貴方の目的は」
「この者の願いに力を貸す」
「……願い?」
七織が呟く。本人に思い当たる節はないようだ。狐面妖は呆れたように息をつく。
「自分の願いを忘れるとはなんと愚かだ。お前は願っただろう、御苑を出たいと」
日和は七織を振り返る。七織は思い出したのか俯いて小刻みに震えていた。
「御苑にいるのが嫌なのだろう?こんな自分が御苑にいる資格等ないのだろう?なら私が手助けしてやる。その為に来た」
「七織様……」
「…その通りだよ。僕が御苑にいたら…周りに迷惑だ。こんな子供に御苑の貴族を任せることなんて本来おかしいことなんだ。それでもここにいられるのは紫苑兄様のお陰…」
(紫苑“兄様”?)
七織の言葉に引っかかりを覚える。確かに彼らは兄弟のように仲良さそうだったが、顔は全くもって似つかわしい。血縁ではないように見えるのだが気のせいなのだろうか。
「そんなことはありません。周りに迷惑だなんてこいつに言われたのですか」
「莫迦なことを言うな妖姫。この者が自身で言いよった、出来損ないの貴族の子を受け入れる人はいない。全ては情けだ、と」
公家、峯島家。ここは誰もが羨む仲の良い一家だった。一人息子の七織は箱に入れられたように大層大切に育てられていた。
「父上ー、母上ー」
「どうした、七織」
「こっちきて~早く早く〜」
「こらこら、待ちなさい〜」
「早く〜見せたいものあるのー!」
峯島家は周りから評判が良く、彼らを目指す家族も多かったと言う。しかし七織が齢十の頃。貴族の力が衰え始めたこの時代で元々公家の中でも落ちこぼれだと言われてきた峯島家は、存続の危機に見舞われていた。
また次期当主となる七織は両親の育て方により、世間知らずの臆病者に育ち、それが周りを触発し、あることないことを言われるようになった。
「あの方が将来当主になるのですって?」
「あんな気弱な方が務まるのでしょうか」
「無理に決まっているでしょう。もう峯島家は終わりですね」
日々の陰口に耐えかねた七織は屋敷に籠るようになってしまった。自分は当主に相応しくない。自分のせいで家が終わってしまう。その恐怖が波のように七織に襲いかかってきた。
「七織。今日お客様が来られるんだけど」
「行かない」
「けど、是非七織に会いたいって仰っているの。少しくらい顔出さない?」
「嫌だ」
「…そう」
母親は悲しそうに呟くと部屋の襖を閉める。七織は布団に包まってじっとしていると、誰かの声が聞こえてきた。父と母と知らない声。暫くすると足音が聞こえ、部屋の前で止まった。
「こちらにおられるのが七織様か?」
透き通るような声。七織は答えない。また声が聞こえる。
「峯島家、次期当主の七織様はこちらか?」
「その言い方はやめて!」
七織は枕を投げ飛ばし、襖にぶつける。襖の奥の影は全く動じていなかった。
問答無用で襖を開け、中に入ってくる。七織はきつく睨みつけるが、整った顔で見下ろされる鋭い瞳に怖気付く。
「次期当主なのは、決まっていることです。それが嫌というのは我儘では?」
青年の言葉に俯く。そんなこと分かっている。自分が当主に適さないこと、なりたくないと思っていること。…それが我儘であること。
「…僕は当主には向いてない。それで僕の家が終わってしまうのは嫌なんです。それなら何もしないで終わる方がきっと良い…」
七織の乾いた呟きが零れる。すると頭に温かな手が置かれた。
「道はその二つだけじゃないでしょう。もう一つ」
「?」
七織には訳が分からず顔を上げる。そこには先程とは違う見目麗しい微笑みがあった。
「当主となり、家を守ることです」
七織は激しく首を振り、手を振り払おうとする。
「無理です!僕に守ることなんかできま…」
「やってみないと分からないのでは?」
暖かな手に力が入る。七織は首を振るのをやめた。
「やる前から諦めてはいけません。私も手助けします。一緒に挑戦してみませんか。当主となること、自分を変えることに」
自分を変える。七織は考えたことなかった。自分に出来るはずがないと諦めていた。けれど。七織は差し伸べてくれた手を握り返した。




