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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編2
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第五舞 天ノ宮

 太陽の温かさが少し鬱陶しくなり始めた頃、日和は天ノ宮の侍女服に袖を通して雪葵と共に屋敷に向かっていた。やっと最近、紫色の侍女服に慣れてきたというのに。慣れない侍女服に違和感を感じる。


 何故天ノ宮の侍女服を着ることになったのか。それは五日前に遡る。


 夕刻に紫苑に呼び出された。呼び出した本人は頭が痛そうだった。


「……新しい仕事だ。今度は余計なことに首を突っ込まず帰って来い」


 紫苑が嫌そうに溜息をついた。日和はむっとする。

「天ノ宮、七織のことは知ってるか?」

「存じております。昨年行われた遊華演会でお見掛け致しました」

「以前からその天ノ宮の周りで不穏な気配を感じる。御苑内では俺がいるからか天ノ宮邸に何かあったことはない。しかし、今回、天ノ宮が外に出ることになった」


 つまり、護衛ということか。様々な疑問が残るが、やるしかなさそうだ。


「妖の予測はありますでしょうか」

「いや、何故か気配を感じても探れない。祓えなくとも天ノ宮を護れ。後、今回はこいつも連れて行け」


 遥希も嫌そうに日和を見る。日和は「御意」と答えて頭を下げるしかなかった。


 当日。部屋を出て待ち合わせ場所の天ノ宮邸に向かう。


「天ノ宮様ってどんな方なの?」

「確か私より歳は下だったはず。可愛らしい方だったよ。そう言えば、紫苑様と兄弟みたいだったなあ」

「ほへぇ〜」


 天ノ宮邸の前に着いた時、不審な動きをする影を見つけた。日和は怪訝な顔をして近付く。


「何してんの、遥希」

「おわっ、ひ、日和かよ。驚かせるな」

「いや、普通に話しかけただけだけど」


 妙に肩を震わせる遥希を横目に屋敷の門をくぐる。遥希は慌てて付いてくる。


「完全に不審者になってるけど?」

「い、いやいつ屋敷に入ったらいいか分かんなくてな。屋敷の中って天ノ宮様以外女しかいないだろ。どうしてたらいいか迷っちまって」

「せめてじっとしてなよ。そっちの方が武官らしいよ」

「七織様〜!!」

「行ってらっしゃいませ〜!」

「お気を付けて!」


 敷地内に入るなり侍女達の通る声が飛んできた。丁度、七織が屋敷を出た所のようだ。日和は何か違和感を抱く。すると侍女の一人が日和達に気付き、駆け寄ってくる。


「お迎えしないでごめんなさいね」

「いえ。本日はよろしくお願い致します。私、藤ノ宮の侍女、日和と申します」

「…武官の遥希です」

「本日、七織様にお供させて頂きます、天ノ宮の侍女頭、知音ともねです。わざわざお越し頂きありがとうございます。何卒よろしくお願い致します」


 お互い一礼する。七織をちら見すると元気良く、侍女達に手を振っていた。


「ありがとう〜!お前達もしっかり仕事しておくのだぞー!」

『承知致しましたー!!』

「うむ、待たせたな。藤ノ宮の日和と巡苑組の遥希だったな。七織だ、よろしく頼むぞ!」

『よろしくお願い致します』


 七織を連れて、牛車に向かう。その際、七織は知音に話しかけていた。


「彼女らに仕事の詳細、伝えてあるのだよな?」

「はい、お伝えしておりますのでご安心ください。詳しくお伝えしましたから、彼女達にも伝わるはずです」


 話の内容に首を傾げる。すると遥希が小声で教えてくれた。


「噂だが、天ノ宮の侍女達は仕事をしないらしい。侍女頭だけでなんとか屋敷を回している状況だと。本当かどうかは知らないが、あの様子だと…」

「うん」


 牛車に到着し、全員が乗り込むと発車した。



 牛車の中は思ったより賑やかだ。というか七織がよく話してくれる人であったからだ。知音は七織の話を笑って聞いている。日和も笑顔が引き攣りながらも相槌を打つ。初対面でここまで話されるとは思っておらず、七織との距離がまだ掴めていない。遥希はと言うと話を無視して景色を見ている。日和は遥希の足を七織と知音に気付かれないよう踏みつけた。遥希が悶える。


「遥希、大丈夫か?」

「うっ…、だ、大丈夫、です」


 遥希が日和を睨む。日和は視線を逸らして知らんぷりをする。この状況を一人に任せるな。


「それで、本日は催しの件の交渉なんですよね?」

「おう、そうだぞ。お偉いさんに会うのだから、失礼のないようにな」

「承知致しました」


 七織は齢十四だったはずだ。年齢と可愛らしい容姿にしては大人びていてしっかりしている。日和が同じ歳の時はここまで堂々としていなかった。貴族として当然なのかもしれないが、そこに感心せずにはいられなかった。


 目的地に到着したらしく、牛車が停止する。牛車の操縦士が扉を開けてくれ、七織が気合いを入れて降りようとすると、知音が止めた。


「七織様、身だしなみが整っていませんよ」


よく見れば七織の襟が乱れていた。話している間、楽しかったようで少しはしゃいでいる様子が見えた為、そのせいだろう。七織は照れて頭を掻きながら知音に直されていた。ここはまだ可愛い子供だ。


「ありがとな、知音。よし、行くぞー!」


 元気よく牛車から飛び降りようとすると、上手く着地できず、顔から地面に突っ込んでしまった。急いで駆け寄り、知音が起き上がらせる。幸い、ここ数日晴れが続き、土は乾いているため、着物についた土は払うと綺麗に取れたが、七織は涙目だ。知音が必死に宥める。日和は失礼だと分かっていながらくすっと笑ってしまう。やっぱりまだまだ可愛らしい子供だ。


「雪葵、何か感じる?」


 七織が持ち直し、歩き出すと日和は雪葵に小声で聞く。雪葵は肩を落とす。


「うーん、なんか頭の上をぐるぐるしているような気がするような、しないような」

「どっちだよ」

 遥希が白けた目で雪葵を見ると雪葵は頬を膨らませて遥希の手に噛みついた。


「痛っ!!何すんだよ!」

「分かんないんだから仕方ないじゃん!お前だって分かんないでしょ!」


 遥希に振り払われ、雪葵が騒ぐ。遥希は歯型のついた手をはらはらと振りながら溜息をつく。

「分かんないよ。俺、気配なんて感じないし」


 先導する七織と知音について行きながら日和と雪葵の目が点になる。


「妖は視えるのに感じないの?」

「そうだけど?」


 遥希は平然としている。日和に疑問が浮かんだ。


「え、それじゃあ先日反帝軍と戦った時、銃使うの至難の業なんじゃ…」

「あー見てたのか。確かに妖の気配は感じないけど、近くで見てたら人間と妖の違いが分かるんだよ。後は慣れ」


 動体視力と慣れであれだけ的確に妖に銃が撃てるのだろうか。不思議で仕方なかった。

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