第四舞 恋の路2
その夕方。菫澪に頼まれ、医局まで薬を貰いに行く。医局は北門近くの巡苑組屯所の手前。そこに行くまでの際に夜ノ宮の屋敷の前を通るのだが、いつもなんだか不気味だ。人の気配を感じないし、よく烏が屋敷の屋根に止まっているのも見かける。近寄り難いのだ。
「夜ノ宮って人、あんまり見ないねぇ」
「確かに。遊華演会でしか見かけないかも」
「何のお仕事してるんだっけ?」
「外交だって。御苑の外のお偉いさんと貿易したり、会議したり」
「へーー」
聞いたわりには雪葵には興味がないらしい。まあ、あまり現実味がないのも本音だ。日和でさえ実際、外交とは何か詳しくは知らない。
「ま、そんなに関わることもないでしょ。早く行こ」
「うん」
屋敷を通り過ぎようとした時、雪葵の頭に声が響く。
『ごめん』
雪葵ははっとして辺りを見回す。けれど周りには侍女や下女しかいない。けれど少年の声だった。初めて聞いたはずなのに知っているような声。
「雪葵?」
立ち止まった雪葵に気付いて日和が振り返る。雪葵はもう一度辺りを見回し、誰もいないことを確認してから日和に駆け寄る。
「ごめん、何でもない!」
医局に着き、中に入ると、一人の少女がこちらを振り向く。
「いらっしゃ……あ」
「…あ」
それは以前依睦と一緒にいる時に助けてくれた少女だった。あの時は猫耳と長い尻尾があったが、今はない。けれどあの時の猫又であるのは間違いなかった。
「あの、貴方って…」
「失礼しますー!」
「え、ちょっと!」
突然碧海が医局を飛び出す。日和と雪葵は追いかけるが、異様に足が速い。やはり人間とは思えない。どんどん引き剥がされ、ほとんど見えなくなる。
「雪葵!」
「グゥン!」
大狐は凄い跳躍で一気に碧海に追いつき、その逃げ道を塞ぐ。碧海は驚いてその場で尻もちをついた。
「ごめんなさいごめんなさい」
医局に戻った日和達は、碧海から話を聞いていた。
「いやそんなに謝らなくて良いんだけど、あんな全力で逃げなくても…」
「妖が、人間のふりして人間に紛れて暮らしているなんて妖姫様がお許しにならないと…」
「そりゃ驚いたけど、そのことをどうこう言う権利は私にはないよ。けどまた何で医官見習いを?なるまで大変だったでしょ」
医官見習いは下女や侍女とは全然違う。下女は身を売られた人がほとんとだ。しかし医官見習いは厳しい試験に受からなければなることはできない。相当な勉強が必要だと聞いたことがある。
「私が猫又となって、拾ってくれた家が医官を目指す人の家だったんです。その教科書を見させて頂きました」
「凄いなあ。妖になっても勉強して、皆の力になろうとするなんて」
「あーーそういう訳ではないんですけど…」
「?じゃあどうして医官見習いに?」
碧海は少し躊躇いながら呟く。
「……ある武官の方に恩返しをと…」
「それって?」
「遥希さん、という方です」
「え、遥たん!?」
雪葵が驚く。猫又が恩返しとは…。首を傾げる。
「ご存知なんですか!」
「うん、何度か妖退治に協力してもらってて。一体、遥希は碧海に何をしてくれたの?」
「私達は二人とも路上で必死に生きてきた者同士なんです」
「え」
路上で生きなければならないことは、珍しいことではない。けれど遥希がそうであったことは意外だった。
「途中で遥希さんは急にいなくなってしまわれたんですが…。けれど遥希さんが私に優しくしてくださったお陰で私は今こうして過ごせています。だからその恩返しをしようと思って、探していたらこちらにいることを知りました」
「えぇ、遥たん嘘つきだぁ〜」
「遥希さんのこと悪く言わないで!」
「ええー!?」
雪葵は予想外に叱られ、不満の声を漏らす。
「確か遥希、動物苦手って言ってたよね?」
「そうだよ!それなのに昔は猫と一緒にいたなんて」
「猫と言うより猫の姿をした妖だからでは?」
「僕も妖だよ!」
妖でも見た目が動物なら動物扱いするだろう。碧海と出会った後に何かあったのだろうか。
「そう言えば薬でしたよね。今準備するので少し待っていてください」
碧海はそう言うと、薬局の奥に入って行った。
「今度遥たんから真相聞き出そ」
「そんなに真剣になること?まあいいけどさ」
碧海が戻って来て薬を受け取る。用を済ませ、帰ろうとすると碧海に引き止められた。
「あのっ。私の事、遥希さんには言わないでください。…まだ知られたくない、ので……」
ほんのり頬を染めて服をぎゅっと掴んでいる。日和はまたもや「ははーん」となってしまった。
碧海と別れ、帰路についてる最中、宗悟と遥希を思い浮かべる。想像もつかない過去があって、それがあるから今に繋がっていて。その過去がどんなに暗かったり辛かったとしても、今が幸せなのなら。それで良いのかもしれない。日和は夕焼けを見つめた。




