第二十七舞 狙われる者
あれから数日後。またもや紫苑は御所に赴いていた。今回は秋人は任務の為、日和がついて行く。しかも日が落ちてからだ。眠気と戦うことになる。
紫苑は側に日和を置いておきたくない為、別の部屋に日和を待たせ、紫苑は天皇と向かい合う。
「それで、反帝軍の動きはどうなっているのだ?」
「そちらに関しましては巡苑組の複数名が潜入中です。ただ連絡がとりにくく、情報を受け取るのに時間がかかります」
「そうか……」
天皇が考え込む。自分の命を狙ってきているのだ。相当警戒していることだろう。
「これからも彼らの様子を見ていてくれ」
「御意。御苑には入れぬよう武官が目を光らせております。陛下には指一本、触れさせません」
社交辞令。しかし天皇は面白そうにクククと笑う。
「お前がそんなことを言うなど珍しいことがあるものだな。それは本心か?」
「左様です。貴方様を護ることが我々御苑の貴族の役目でございます」
紫苑は迷うことなく告げる。この言葉は事実だ。紫苑自身がどう思うかは別として。
「…やはり、お前に固く話されると私の体も固くなる。もう少し砕けても良いのだぞ?」
「申し訳ございませんが、そのようなことができる立場ではございません」
「そんなことなかろうに。まあ良い。もう一つ、お前のあの侍女についてだが…」
紫苑の顔が険しくなる。何故、頂点の人間が底辺の娘をそんなに気にかけるのか。理由などわかりたくもない。
「…先日、粗相でもしましたでしょうか」
嫌味で返す。その反応が予想通りだったのだろう。天皇はニヤニヤと笑う。
「そうではない。いつも淡々としているのに、侍女のことになると突っかかってくるのだな」
図星を突かれ、紫苑は悔しそうに唇を噛む。そんなにわかりやすいのだろうか。なんにせよ、普段興味のない侍女の話をする方が悪い。
「彼女はとても繊細だ。真面目で利口なのだろう」
「…陛下に何がわかるのです」
「わかるとも。先日の踊りを見ればな」
日和の踊りは綺麗で美しい。紫苑はそう感じたことしかなかった。
「お前が彼女を大事に想うのなら、ちゃんと向き合え。誠実に応えてもらえるようお前がまず誠実に接しろ。他の侍女のように貴族の圧力で抑えられると思うなよ」
ここまで見透かされるとかなり気味が悪い。紫苑は天皇陛下を睨む。
「次期天皇陛下の后となるかもしれんのだからな」
「っ!それはあり得ませ…」
紫苑が再び前のめりになった瞬間、
「いやああああああ!!」
悲痛な叫び声が屋敷に響いた。紫苑はあり得ないはずの妖の気配を察知し、天皇を放って部屋を飛び出した。
一方その頃。侍女は別の部屋で待つよう言われ、広間にぽつんと座っている。屯所でも同じようなことがあったが、緊張感が違う。
御所は思っていたより静かで物音が立てづらい。夜というのもあるのだろうが、それにしてもじっとしておくしかない。外を覗くとなんだか不気味な三日月が輝いていた。どれだけ時間が経ったのだろう。
「いやああああああ!!」
突然の悲鳴で咄嗟に立ち上がり、襖を荒く開ける。それと同時に妖の気配。部屋を飛び出し後を追いかける。
同じように悲鳴に反応したであろう複数の武官の姿や襖を開け不安そうに顔を覗かせる侍女達。それを横目に日和は廊下を駆け足で通る。気配が強くなる。妖は御所に入れないのではなかったのか。
日和が襖を開ける。そこには二名の子供と四匹の狼に二人の刀を持った男。部屋の入り口には二人の武官が倒れている。
狼がこちらを見る。狼の目は一匹に四つ。妖だ。
彼らに囲まれているのは氷漬けにされた彩芽と悠羽だった。固められた表情から絶望が窺える。
「グゥ!」
狼達の視線が日和に向く。日和は札を構える。その時、聞き慣れた声が飛んできた。
「日和ー!」
雪葵が日和の前に降り立つ。間違いなく雪葵だ。
「雪葵⁉︎入れないんじゃなかったの?」
「僕もよくわからないけど悲鳴が聞こえた後、もう一度入ろうとしたら入れちゃったの!」
雪葵が大狐となり狼達に威嚇する。それに対抗するように狼達も唸る。日和も札を構えると男達も刀を抜く。狼が一斉に襲いかかってきた。雪葵が尻尾で振り払い、爪で引っ掻く。狼は可憐に避け、体勢を立て直す。男達も日和に切りかかる。日和が転げて避ける。残念ながら刀に対抗できるものは何もない。
(先に妖を祓う!)
日和が札を狼達に投げつける。
「月光照天輪!!」
日和の呪文と共に札が青く燃え……なかった。
「え、うそ…」
狼狽える日和に容赦なく刀が振り下ろされる。避けれないと目を瞑った瞬間ひんやりとした空気を感じた。目を開けると男の刀が日和を避けて振り下ろされていた。男が部屋の隅を見る。つられて日和もそっちを見ると、ボロボロで座り込んで男に手をかざしている雫の姿があった。
「雫!?」
日和が雫に駆け寄る。体のあちこちに傷があり、服は所々が破けている。
「一体何が…」
「あの皇太子らを護ろうしたが、分が悪すぎた」
「じゃああの二人を凍らせたのは…」
「安心しろ。人体には影響ないやつだから。うっ」
雫が傷を押さえる。この数相手に一人で戦っていたのだ。いくら傷の治りが早いと言っても時間はかかるだろう。
「ぐっ!」
雪葵が唸る。見れば四匹の狼に体中噛みつかれていた。そのまま倒れ込む。
「雪葵!」
雪葵に駆け寄りたくても男達がそれを許さない。行く手を塞がれ、後ろも雫と壁。逃げ場はない。
「ギャウン!」
突然、狼達が弱い鳴き声と共に弾き飛ばされる。男達が振り返ると紫苑が刀を振るっていた。血が飛び散り、男達は倒れる。狼は消えていた。
「…紫苑様」
紫苑から漂うただならぬ雰囲気。返り血を浴びた頬と体が張り裂けそうになる鋭い目。日和は思わず身を固くする。
「……彩芽と悠羽は」
紫苑が凍りついた二人を見つけ、雫を睨んだ。雫が氷を解くと彩芽と悠羽が静かに倒れる。
「人体に害はない」
「こいつらは」
「…皇太子の護衛だ。いや、護衛のフリした潜入者と言うのが正しいか」
「……」
紫苑が既に意識のない男達を睨みつける。すると刀を振り上げて…。
「紫苑様!」
日和は紫苑の腰にしがみつき、力の限り引っ張る。けれど日和の力では紫苑は微動だにしない。そして刀を振り下ろした瞬間、日和は紫苑と共に勢いよく吹き飛ばされた。
「やめろ!そこまですればお前はただの人殺しだ!」
腹部に刀が刺さり、血が流れながらも鬼の剣幕で雪葵が怒鳴る。それでも紫苑は立ち上がろうとする。日和は必死にそれを止めた。
「おやめ下さい、紫苑様!」
日和の叫び声で紫苑の動きがピクっと止まる。そして振り返った瞳には正気が戻っている。
「…俺は…」
日和の力が緩む。雪葵も力が抜けて倒れ込んだ。
「……九尾、悪い」
それだけ呟き紫苑は一人黙っている。自身の行動を悔いているのだろうか。
日和は彩芽と悠羽の元に寄る。二人とも意識を失っているようで外傷は全くない。日和は胸を撫で下ろすと共に不安を抱えた。




