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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
藤ノ宮編
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第二十五舞 内親王と皇太子

 日和と紫苑が賭けをした日以来、特に何も変わることはなかった。むしろ、会話をすることが減った。付き人にされることが多くなったにも関わらず会話は減ったのである。日和にとっては気にすることでもないのだが、紫苑の様子がおかしいことには気付いていた。


 日和をちらちらと見るし、そわそわしている。男ならはっきりしろ、と言いたいところだがまた怒らせる気がするので黙っている。


次に紫苑が向かったのは、巡苑組の屯所だった。屯所前で秋人が待っており、一礼して中に案内してくれる。

 案内された大広間には、真琴と宗悟、遥希の姿があった。


「葉ノ宮、お待たせ致しました」

「いいや、わざわざ来てもらって悪いな、藤ノ宮」

「いえ、葉ノ宮もこちらにいらっしゃっているのですから、同じことです。それで用件とは」

「あぁ。反帝軍が少しずつ動き始めているようでな」


 紫苑がピクっと反応する。大広間が緊張感に包まれる。


「一番隊数名、現在反帝軍との接触に成功しています。しかし、周りから疑いがかけられぬようこちらに報告することはかなり困難であるようです」


 一番隊隊長の遥希がそう報告する。巧妙な奴らのことだ。あちこちに目を光らせているに違いない。それでは動きにくくて仕方がないだろう。


「そもそも反帝軍が天皇陛下を狙う理由はなんなのですか?」


 日和は思わず口を挟む。紫苑には睨まれたが、真琴が丁寧に教えてくれる。


「反帝軍は天皇陛下の政策に納得のいかない者達の集まりだからな」

「いくら政策に不満があるからと、命を狙うほどでしょうか?それに目立った政策を行っているのは将軍様です。狙うのなら天皇陛下ではなく、将軍様なのでは?」

「…それは私達の中でも疑問になっている。現在、一つの可能性が出ているのだが……」

「?紫苑様?」


 紫苑が渋る。見れば真琴や巡苑組も浮かない顔だ。日和は一人、首を傾げていると真琴が口を開く。


「……反帝軍を仕切っている者が内親王様や皇太子様ではないかという可能性だ」


 内親王と皇太子。つまり、天皇の娘と息子。昨年の遊華演会で真菜に話を聞いたことがある。しかし……。


「皇太子様はまだ齢十とお聞きしました。父親の命を狙う歳にしては若すぎではないでしょうか」

「そうなんだよなあ。そもそもそんな人柄じゃないんだよなあ、あの方。けどそう考えると色々辻褄合うんだよなあ」


 真琴の様子から呆れというか疲れというか、取り敢えず困窮していることは伝わってきた。


「ともかく、お二方を注意深く見ていて欲しい。御所内のことは俺達には分からねぇけど、外でなら見張ることはできる。ただ、気付かれないようにな」


 内親王と皇太子を注視する。そこに全員が頷いて解散となった。



 もうすっかり夜になっていた。藤ノ宮の執務室に戻ってくる。紫苑が中に入ったのを見届けると、日和は菫澪の夕飯の手伝いに行こうと、紫苑に声を掛ける。すると、紫苑に引き止められた。


「どうかしましたか?」

「いや、その…寝る支度ができたらここに来い」

「遠慮します」

「お前に拒否権はな…いや、いいから来い。いいな」


 命令口調だと流石の日和も逆らえない。日和は不服ながらも頭を下げた。


「御意」


 夕飯を済ませ、自室に戻り布団を敷く。寝間着に着替え髪を解くと櫛で梳かす。そして上辺の髪だけを後ろで一つにまとめる。鬱陶しいが今から仕事をする訳でもないし、ずっとまとめていると髪が傷む。なのでいつも寝る前は下ろしている。


 日和は思わずを肩を落とす。行きたくないのだ。何されるか分からない。秋人か菫澪がいるかもしれないが、だからといって何もしないとは限らない。でもそろそろ行かなければ。雪葵は気持ちよさそうに寝息を立てている。日和は雪葵に布団をかけると、重い腰を上げた。


 紫苑の執務室の前に着く。ここだけ灯りがついていた。襖の奥に向かって声を掛ける。返事が来て、静かに襖を開ける。紫苑は机の前に座っていた。机の上には山積みの書類がある。


「すごい書類の山ですね」

「あ?あぁ。俺の事をなんでも屋と勘違いしているのか色んな人があらゆる仕事を押し付けてくる。お陰で毎日書類に追われる日々だ」


頼まれたらなんでも引き受けてしまうのだろうか。それとも一方的に問答無用で押し付けてくる強い人がいるのだろうか。


「いいから中入れ」

「用件を言って頂かないと安心できません」

「……ただ踊って欲しいだけだ」

「踊る、ですか?」


 まさか踊れと言われるとは思わず日和は驚く。紫苑は視線を逸らしている。日和は中に入る。そして少し離れて紫苑の真正面に立った。


「寝間着なのですが」

「それで構わん」

「かしこまりました」


 日和はふぅと息を吐くと軽やかに舞い出す。最近全く踊れていなかった不満が溜まっていたのか、夢中で舞う。綺麗な衣装でなくても、化粧をしていなくても日和の舞は綺麗であった。天女のようであることに変わりはない。紫苑はその舞に見惚れた。頬に熱を感じる。けれど悪い気分ではない。


 思わず立ち上がると踊っている最中の日和に近付き、後ろから抱きしめた。日和は驚きと踊りを止められたことに不満を持った。


「紫苑様、離れてください。この状態では踊れません」

「……やだ。やっぱり嫌だ」

「紫苑様?」


 日和が首を傾げる。紫苑は日和の肩に顔を埋める。なんだかいつもの紫苑とは様子が違った。


「…こんなに綺麗なお前を他の誰にも見せたくない…」


 紫苑が呟く。日和は暫く固まった後、頬をほんのり赤く染める。それと同時に理解した。紫苑が踊るなとしつこいほど言っていた理由が。


 少しして紫苑が我に返る。そして慌てて日和から離れる。言動が物凄く挙動不審になっていた。


「あ、違っ。いや違う訳ではないが、いやそうでなくて、その…」


 何を言っているのか紫苑自身にも分からない。


 日和は後ろを振り向かないまま、この状況をどうしたらいいのか、考えを巡らせていた。


 今まで踊りが綺麗だと見目麗しい人に何度か言われたことがあった。それ自体は嬉しく、純粋な褒め言葉だった。紫苑が本当にそう思ってくれていることは理解していた。


 けれど、今回は何か違った。心の底からの声を聞いた気がした上に、踊りだけではなく日和自身も大切だとそう言われているように感じた。あまりに抱擁も優しくて心臓が跳ねた。


(そう言えば初めて紫苑様に褒められた時も…だ、駄目だ!きっとこの人の戦略だ!流されるな!)


 日和は頭を勢いよく横に振って、思考を消す。


「し、紫苑様。女性に触れられるようになったのですね」


 話を逸らしつつ、気になったことを尋ねる。


「え、あ、いや。それは…」


 激しい動揺で紫苑は手をぶんぶんと横に振る。目を泳がせながら少し黙り込み、日和から目を逸らしたまま呟く。


「お前…だから、かな…」

「……」


 思考を消したところでどうにかなる話ではない。日和は考えることなく執務室を出ようとする。しかし紫苑に肩を引かれ、背中に襖が当たった。


 紫苑と向かい合わせになる。距離は近くないものの、顔ははっきり見えるため、お互い気まずくなってしまった。


「…紫苑様。もうよろしいでしょうか。そろそろ休みたいのですが」


 日和は我慢ならず言った。紫苑は時間を見て頷く。


「そ、そうだな。そろそろ休まないとな」


 日和が襖に手をかけると声をかけられる。


「最後に一つだけ言わせてくれ」

「?何でしょう?」


紫苑は一歩日和に近付き、日和の肩に手を置いた。


「俺はお前を大切にしたい」


 聞き逃してしまいそうな小さな声でそう言うと、紫苑は日和の背中を軽く押した。


「夜遅くにすまなかったな。ご苦労だった」

「いえ。…失礼致します」


 日和は紫苑に一礼し、自室に戻った。


 布団に潜り込む。紫苑に言われた言葉はどういう意味なのだろうか。そのままの意味で捉えていいのだろうか。以前聞いた“大切”とはなんだか自分の中での捉え方が違った。


 考えれば考えるほど訳が分からなくなる。日和は考えることを放棄して眠ることにした。



 翌日。紫苑は秋人を連れ、朝早くから外出していた。日和は屋敷の門を拭く。雑巾で拭いてもそんなに黒くならない。菫澪はこんな所まで丁寧に掃除しているのか。日和は尊敬の念を空に掲げた。


 少しずつ夏に近付いているのが分かる。太陽の光がじりじりと肌を焼いている感じがする。暑くなるのは嫌だなあと思いながら、でもかき氷が食べられることに喜びを感じた。あの冷たくてがりがりした感じが良い。かきこんで頭がきーんと痛むのもそれはそれで楽しみだ。


 気分で口の中の温度がすっかり下がった時、後ろから軽い拳骨げんこつが下ろされた。妄想に行ってしまって手が止まっていたようだ。振り返ると菫澪がにこりと笑ってこちらを見ていた。


「日和、仕事しましょうか」

「はい、すみません」


 結局、二人がかりで門の掃除をした。菫澪の手を煩わせてしまったなあと思うが正直助かった。門の掃除とは言うが、実際は門だけでなく、その横にもある垣根もだ。垣根は屋敷をぐるっと囲っている。これを全てやるなど、一人じゃ果てしない。人の手が少ないのだから当たり前なのかもしれないが、流石に嫌だった。


 ふと外が騒がしくなる。様子を見に行こうと門を出ると、菫澪に襟を掴まれ連れ戻された。


「どうしたんですか?」

「外に出なくていいよ」


 全然分からない。するとだんだん歓声が大きくなってきた。日和達の前に現れたのは小さな女の子とそれよりも小さい男の子だった。彼らの周りには良い歳した男達が彼らを護るように囲って歩いていた。護衛のようだ。女の子と男の子は服装が煌びやかである。どこかの貴族の子なのだろうか。それにしても護衛が多すぎるなあと思う。あれだと不自由で仕方ない。


 男の子の方がこちらに気付いた。笑顔で元気よく手を振ってくる。驚いて思わず手を振り返しそうになったが、そういうわけにはいかない。菫澪が一礼しているのを見て真似する。顔を上げると女の子が不機嫌そうに男の子の手を引っ張っていた。男の子は手を引かれ躓いたりよろけたりしながら、こちらをちらちらと見ていた。けれどそれ以上はなく彼らは御苑の外へと出て行った。


 彼らの姿が見えなくなってから日和は菫澪を見た。


「菫澪さん、彼らはどちら様ですか?」

「日和は初めて見たんだっけ。彼らは内親王様と皇太子様。今から御苑外でお仕事のようだね」

「え」


 日和は先程まで彼らがいた場所を見つめる。


「それでしたら外に出た方が良かったのでは…」

「大丈夫よ。そんな小さなこと気にしない方々ですもの」

「そ、そういうものですか……。そう言えばどうしてこちらに手を振られたのでしょうか」

「あー、それは私が昔少しだけあの方々のお世話をしたことがあるからかもしれないわね」


 菫澪はかなり凄い人なのかもしれない。


「そうなんですね。お名前は?」

「内親王様が彩芽あやめ様、皇太子様が悠羽ゆうは様よ。……紫苑様が外出中で良かった…」

「菫澪さん?」

「なんでもない。さ、仕事に戻りましょう」


 菫澪はすたすたと場所を移動して垣根を磨き始める。日和は頭を働かせる。


(あの方々が天皇を?そういう風には全く見えないけど)

「雫」


 菫澪に見られないところで雫を呼ぶ。雫は静かに降り立つ。


「…何だ」

「あの御二方を見張っていて欲しいの。私だと不審に思われるだろうから」

「……理由は?」


 雫に反帝軍の話をする。雫は頷く。


「分かった。後程報告する」


 そう言って雫は消える。雪葵が不服そうに口を尖らせる。


「なーんか、淡々としすぎて気に入らない」

「まあまあ。元からそういう性格なんだし、お願いを聞いてくれて有難いじゃない」

「む〜」

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