第十舞 覚悟
翌日。愛華といつも通り掃除に向かう。途中、赤い衣装に身を包んだ四人の女性らが話し込んでいるのが見えた。さっさと通り過ぎようと思いながら耳だけは澄ませていた。
「本当に夏凪、踊れないわけ?」
夏凪という言葉に肩がピクッと動く。紅ノ宮の侍女達だ。
「えぇ、とても踊れる様子ではなかったわ」
「でも四人では厳しいですよね」
「今から代理なんて見つけられないんじゃないでしょうか…」
「じゃぁどうするのよ!」
相当慌てているようだ。話の内容はなんとなくわかる。けれどこれは侍女の問題で下女が干渉しない方が良い。
そう思っていない人もいるもので愛華が侍女達を見つめており、気付かれてしまった。
「下女が私達に何か用?」
愛華の腕を取るがもう遅い。愛華がいつも通りな感じで話す。
「なんのお話をしているのか気になりまして」
「愛華っ!」
「日和?」
遠子が驚いた顔をする。目つきの鋭い侍女が遠子を睨む。
「この下女、遠子の知り合い?やめてくれない。紅ノ宮の品が落ちるわ」
「そんなことないわ。彼女達とお話ししたことで何か悪いことが起きるわけないもの。それどころか彼女達のお陰で御苑は綺麗だし、快適に生活できるのよ。むしろ感謝するべきだわ」
なんて素晴らしい人なんだろうか。日和は思わず崇めたくなる。
「それに果莉弥様もそう仰ると思うわよ」
「うっ」
前に遠子から聞いた名前の人だ。“様“をつけるあたり目上の人、紅ノ宮の主人だろうか。目つきの鋭い侍女も言い返せず悔しそうにしていることから主人なのだろう。遠子は侍女を黙らせて日和を見る。
「これから会合があるんだけれど、侍女の一人が体調を悪くしてしまって…」
夏凪のことだ。遠子と同じように日和も初耳のフリをする。怪我はしていなかったものの、妖に襲われた恐怖が一日二日で抜けることは難しいだろう。
「一人お休みすると困るんですか?」
「ええ、そうなの。おもてなしで踊りを披露する予定だから、一人でも欠けると駄目なのよ」
「では日和はどうでしょうか!」
「え、愛華⁉︎」
愛華が元気よく手を挙げて日和を勧める。遠子がスススと日和に寄ってきた。
「日和、踊れるの?」
「え、あーその、基礎的なものでしたら」
日和は愛華に話したことを後悔する。踊りは好きだが得意だと自慢げに言えるほどではない。嫌な予感がする。そして当たる。
「私達の真似をするだけでいいの。位置は後ろ側にするわ。一緒に踊ってくれないかしら」
舞踊を得意とする紅ノ宮の侍女達と並べば、劣っているのが丸見えだろう。そもそも下女が会合に参加していると気付かれればどうなることか。首を跳ねられかねない。
「ちょっと遠子!どういうつもりよ!こんな下女なんて…」
「紗綾」
紗綾と呼ばれた目つきの鋭い侍女が狼狽え、黙る。遠子の声色は変わらないが厳しさが滲んでいる。
「わかっている。確かに下女が会合に参加するなんて許されないことだと思うわ。日和の身はもちろん、私達もただでは済まない。けれど本来五人での参加を四人にするという半端なことをしてしまったら半端な作品を披露することになる。それもそれで如何なものかと考えてしまうの」
遠子の言うことは最もだろう。五人で作る作品は五人いてこそ完成するものである。それが一人でも欠ければ舞踊の均衡が崩れてしまう。そんな崩れた作品を貴族に披露するとなれば、ある種の侮辱と捉えられてしまうかもしれない。
紗綾はそれはわかっているのか反論しない。悔しそうに唇を噛み、俯いていた。遠子はもう一度日和を見る。
「日和。どうかお願いできないかしら。紅ノ宮の主、果莉弥様には許可を取るわ。それに貴女の身分は隠す。顔も化粧で誤魔化す。それじゃあ、駄目かしら?」
日和とて解雇されるつもりはない。解雇されればさっさと家に帰れるが、後味が最悪すぎる。だからと言って困っている人達を放っておけない。何より恩人の遠子からの頼みだ。こんな自分にも力になれるのなら。
「…出番はいつですか?」
「会合が始まってすぐだから半刻後よ」
日和は頭を下げる。
「…わかりました。遠子さん、ご指導よろしくお願いします」
遠子は嬉しそうに微笑み、頭を下げる。紗綾は必死に遠子に頭を上げさせようとするが、遠子は断じて動かなかった。