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月明かりの妖姫  作者: 穂月千咲
紅ノ宮編
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第一舞 日和という少女

「はぁ、もう春かぁ」


  寒さが和らぎ、小鳥の鳴き声が聞こえてくる季節。萩日和はぎひよりは季節に似合わないため息をついた。天皇陛下の住む都、御苑に連れて来られてひと月。下女の下働きにはもう慣れていた。


 叔父の営む劇場が納税できないからと、日和は身を売られることになり、ここで下女として半年働くよう命じられた。半年真面目に働けば、すんなりと家に返してくれるらしい。まぁ、次の納税が払えるのであればの話だが。


  さっさと働いて家に戻ったら、叔父を三回ぶん殴ってやろうと心に決めていた。日和は掃除の手を止め、着物に下にしまっていた首飾りを出す。桜模様の描かれた、振っても全く鳴らない不思議な鈴だ。


(それくらい良いよね、お母さん)


 真面目な日和は黙々と与えられた仕事をこなす。仕事は主に御苑内にある後宮にいる下級妃の世話役だ。後宮には妃が住んでおり、位の高い者たちから上級妃、中級妃、下級妃と区別される。位の高さは主にその妃の家の経済力で決まるわけだが、天皇陛下に気に入られれば、上級妃になれることもあるらしい。日和にとっては全くもって興味のない話なのだが。


 そして中級妃と上級妃には専属の侍女がついて身の回りの世話をするのだが、下級妃には侍女がつかない。そこで下女が使われるのである。下女の仕事は他にも後宮内の掃除、御苑内の掃除、時には侍女の使いパシリにもされる。要するに一番下の立場は雑務である。


 日和は大量の洗濯物が入った桶を井戸まで運び、水を汲んで衣類を洗う。周りは皆駄弁りながらダラダラと手を動かしているが、それでは効率的に仕事ができないと常に一人で行動していた。早く今日の仕事を終わらせて、布団で休みたいのだ。


 そんな一人行動している人間にも休憩中には話をする子ができるらしい。話をする、といってもほとんど一方的に話されて日和は相槌を打っているだけなのだが。それで十分である。


「日和〜お昼食べよ〜!」


 同じ下女の愛華あいかは毎日のように日和に話しかけ、休憩時間は一緒にいることが多くなった。話しかけてくるのは基本休憩時間と就寝時間のみで、仕事中は基本長話しない子だった為、居心地は悪くない。むしろ今まで同世代で仲良くする人があまりいなかった為、少し嬉しい部分もあった。それに愛華といると御苑の色んな話を聞くことができる。


「なんか毎日のように黄色い歓声が聞こえてくるんだけど、一体なんなのかな。うるさい」

「あー!それは藤ノ宮様だよ」

「藤ノ宮様?誰それ?」


 愛華は驚きでおにぎりを落としかけ、慌てて掴み直す。ぐしゃっと音がした。愛華が身を乗り出して日和に迫る。


「えぇー‼︎日和、藤ノ宮様知らないの⁉︎一ヶ月御苑にいたら名前くらい聞いたことあるでしょ!」

「…いや、掃除とか洗濯に集中してたし、そんなここに興味があるわけじゃないし」

「半年でここ出られるからって興味なさすぎだよ!あと仕事に集中とか真面目すぎ!」


 やると決めたことや興味のあることは最後までちゃんとしないと気が済まない性格ではある。そのせいか、やる気や興味のないことにはとてつもなく疎い。


「藤ノ宮様はこの御苑に住んでらっしゃる貴族の方なんだよ。ちゃんとお名前もあるんだけど下女や他の屋敷の侍女がお名前を呼ぶのは失礼に当たる、とかで屋敷の名前が藤ノ宮邸だから敬意を払って藤ノ宮様って呼ばれているの。仕事ができて顔立ちは良くて、人当たりも素晴らしいっていう超完璧な方なの。みんな藤ノ宮様に惚れ惚れしてるんだから。日和も一目見たら絶対あの方だって分かるよ!」

「ホー」


 そう言われてもなぁ、と日和はポケーっとする。日和は会ったことのない人間に興味が持てない。人柄を教えてもらってもあまり想像ができないのだ。 


ちなみに、と御苑には貴族が六名おり、天皇陛下から屋敷の名を与えられることや彼らに付く侍女や従者等も屋敷の名を使って呼ばれるそうだ。


 宙を彷徨っていた視線を愛華に戻すと彼女は自身の手元を見て固まっていた。手には握りつぶされ、粒でなくなったご飯がべったりついて、おにぎりとしても跡形もなかった。日和はごめん、という代わりにガックリと項垂れている愛華に自身のおにぎりを差し出した。

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