表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/282

レッスン(二十三)

「悲しかったこと、あるの?」

 友香里は早苗に聞いた。早苗は友香里の目を見ている。


 早苗の素性は知らないが、身なりもしっかりしているし、金持ちの雄大と一緒に暮らしているのだ。そこそこ幸せなのだろう。

 それを言ってしまえば、友香里もそこそこ幸せ。みんなそこそこ幸せ万々歳ということで落ち着いてしまう。


 だから、それだけで『良かった』とはならない。

 友香里は姉が病気で倒れてから、近所の人に『妹さんの方だったら良かったのにね』と、言われたことがある。勿論陰口だ。

 姉に打ち明けたら凄く怒られて、一緒に泣いてくれた。

 翌日には、何もなかったように忘れてしまっていたけれど、それでも構わない。私は生涯、忘れないから。


「うん」

 短く早苗が答える。不思議そうな顔をして友香里を見上げていた。


「そうか。じゃぁ、目を閉じて」「うん」

 素直に目を閉じる。すると目の前から、アパートの『絵』が消えた。そのまま友香里の声に耳を澄ませる。


 友香里にしてみれば『今時の小学生の悩み』なんて、『懐かしい思い出』に過ぎない。なんじゃらほいである。

 男の子に髪を引っ張られたこととか、給食でパンのジャムを取られたこととか。そんなのぶん殴り返して、見事解決したものよ。

 勿論、廊下に立たされて、親が呼ばれてグチグチ言われてさっ。


「悲しかった『その時』を、思い浮かべてぇ」「うん」

 早苗の顔が曇り出した。素直でよろしい。


「そこから『どうしたい』のか、その『想い』を書くんだ」

 悲しいことをただ単に『悲しい』と書くのでは、詩にはならない。

 自分の気持ちを伝えるのに言葉を省略していては、伝わる想いも減って行ってしまう。そんなものだ。

 今時俳句が判るのは専門家だけ。大衆でもないし、若者でもない。


 友香里は早苗が目を閉じたまま、ジッと固まっているのが気になっていた。それでも『自分が推奨する方法』で考えを纏めている以上、口出しすることが出来ない。

 しばし静かに、早苗の様子を見守ることにする。


 早苗はまぶたの奥に、悲しい出来事を想い描いていた。

 それは全て、自分の思い通りにはならなかったことだ。


 父と母が喧嘩をしているのを、何度も耳にした。喧嘩の内容はいつも決まって、早苗の『将来のこと』だ。

 ピアノが弾けるようになったら『母の実家で引き取る』とか『じゃぁ教えない』とか。挙句の果てに『じゃぁ何で産ませたの』とか。

 とりあえず、それはそれとして。今は春香と仲良くしたい。

 結局誰も、私が仲良くして欲しいと想う人は、誰も仲良くしてくれない。優しいのは、誰も彼も『ピアノ絡み』だけだ。

 どうすれば良い? どうすれば良い? どうすれば、良い?


 閉じたままのまぶたから想いが溢れると、一筋の涙として流れる。

 それを見た友香里は慌てふためき、ハンカチを取り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ