空回り(六)
「一応、レントゲンに掛けた方がいいのかな?」
社長が心配して言ったが、その時安田はもう開封していた。
もし、増田雄大なる人物がテロリストであったならば、翌日の新聞はこうだ。
『芸能プロダクションで爆発。熱烈なファンによる犯行?
社長・湊耕平、歌手・高田友香里、マネージャ・安田正樹
の三名死亡、日立・野菜中心蔵 重症(モーター異常なし)』
しかし、何も起きなかった。社長と安田と友香里は、冷蔵庫の冷気を浴びながら封筒の中身を覗き込む。
安田が最初に引っ張り出したのは五線紙。そこには、見たことのあるような曲が書いてあって、所々赤くマークがしてある。
それを見た安田は、楽譜を読むのは正直苦手ではあるのだが、嫌な予感がした。ちらりと友香里の方を見る。
そして再び楽譜に目を落とす。
「これなーに?」
社長が安田に聞く。社長は楽譜が読めず、しかも音痴である。
付き合いでカラオケにも行くが、出すのはお金ばかり。歌声は出さないし、今ではリクエストも来ない。誰からもだ。
だからだろうか。安田は社長を無視して、無言のまま食い入るように楽譜を見ている。
社長が隣の友香里に目を移すと、友香里の顔はとても冷たい表情で、目には生気がない。
それは、この事務所に来た頃と、まるで同じ目だ。
友香里は、いつまでも出て来そうにないコーラを、自分で取り出す。それを長い爪で苦労しながらプルタブを引く。
『プシュ』
良い音がして、次にそれを『ゴクゴク』と音を立てて飲む。
「あぁー」
こういう所だ。思わず安田が視線を友香里に向ける。『アイドル』として自覚がないような下品な呻き声。
「ゲフッ」
口も押えずに安田の顔を見ながらとは。安田は呆れて言葉もない。
友香里は、だらりと缶を腰の位置まで下げる。ソファーに向って歩きながら、目をしかめて言い放つ。
「感じわるっ」
友香里が言うのも無理はない。それは『友香里が作った曲』だったからだ。もちろん『盗作された』訳ではない。
では何故か。何故に不評なのか。
三日前の午後、疲れていたので一回だけ一音半下げて歌った。その楽譜は、その下げた一音半で正確に書かれていたのだ。
まるで『俺の方が音楽の実力が上』とでも、言いたげな。そんな『嫌味』タップリではないか。
何の苦労も知らないで、何を好き勝手なことを。少なくとも友香里は『そう』受け取ったのだ。
「どういうことなの?」
社長が不思議がって二人に聞く。顔は子を思う親の顔。とても心配している顔である。
友香里はコーラをぶらぶらさせて、ソファーにドカッと座った。返事は期待出来そうもない。
安田もそれを追い掛けて、楽譜を見たままソファーに行ってしまった。二人に無視されて、社長は冷蔵庫の扉を閉める。
たがもう一度扉を開けると、コーラを取り出してからソファーに向った。どうやらクーラーなしでは、流石に暑かったらしい。
社長がコーラの缶を開けても、友香里と同じ音がした。
『プシュ』
良い音がして、次にそれを『ゴクゴク』と音を立てて飲む。
「あぁー」
こういう所だ。思わず安田が視線を社長に向ける。『社長』として自覚がないような下品な呻き声。
「ゲフッ」
口も押えずに安田の顔を見ながらとは。安田は呆れて言葉もない。
すると友香里も、手にしていたコーラを再び口にすると、社長のお株を奪う様な、そっくりの仕草を見せるではないか。
安田は、目の前に並ぶこいつら二人が、実は『親子』なのではないかと思う他はない。