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空回り(五)

 バンの中で友香里はまだ不機嫌なのか、一言も喋らなかった。ただ目を閉じて、瞑想をしている様にも見える。Zzz。


 炎天下、バンを走らせて事務所に戻ると、日陰になった駐車場が涼しかったのか、それとも傾斜で前のめりになったからか、とにかく友香里は目を開いた。顔はまだぼんやりとしている。


 到着した我が事務所の駐車場は、半地下で少し掘り下げてあり、外階段とは別に事務所へ通じる階段がある。

 だから雨の日でも、濡れずに車へ乗り込めるのが有難い。


 そう、高価な衣装を着た時でも雨に濡れずに済むし、万が一『カメラの放列』が狙っていても、駐車場のシャッターを閉めてしまえば、事務所まで安全に移動できるのだ。


 その昔、この事務所にも『売れっ子』がいた。自分で作詞作曲もして、弾き語りも出来ちゃう可愛らしい子だ。


 あ、勘違いしないで欲しい。『売れっ子』と言っても、それは『当社比』であって、テレビやラジオへの出演なんかはしていない。

 友香里と同じように『どさ周り』をしていただけ。それでも、少なくとも『友香里よりは売れた』と言う意味で、だ。


 浮き沈みが激しいこの音楽業界。

 事務所に、所属歌手が何人いるのかは知らないが、この程度の事務所では余り儲かってはいないだろう。


 それでも安田と友香里は事務所へ急いでいた。

 バンのドアをバンと閉めると階段を駆け上る。外は暑い。暑過ぎるのだ。冗談じゃない。

 誰だ『夏』なんて呼んで来たのは。責任者を呼べっ。

 二人は唯一『クーラーのある場所』である事務所へと逃げ込んだ。


「お、帰ってきたな。お疲れさん」

 事務所には社長しかいなかった。窓を全開にして扇子を仰ぐ社長に迎えられて、二人はがっかりする。

 昔の人は『これでも』平気なんだろうか。信じられない光景だ。


「あちぃ」

「うん。最悪」

 目の前にいる社長は、決して悪い人ではない。

 友香里のコーラは買って来てくれるし、急いでいる時はコップだって洗ってくれる。ただ、経費節減に煩いだけだ。


「ただいま戻りましたー」

「したー」

 気だるそうに二人は挨拶をする。これからクーラーを入れても、涼しくなるには夕方になってしまいそうだ。


 社長は二人が帰ってきたのを見て『待っていました』とばかりに、机に置いてあった『茶色い封筒』を持つと、立ち上がった。

 そのまま封筒を持って、オロオロしながら二人を追う。


「クーラー入れるから、コーラよろしくっ」「はい」

 一度クーラーの方に向ったが、途中で進路を冷蔵庫の方に変えた。どうやら用事があるのは安田の方だ。

 社長は冷蔵庫の前で、コーラを物色する安田に声を掛ける。


「おい、ファンレターが来てるぞ」

 社長はそう言ったが、『レター』と呼ぶにはその封筒は大き過ぎる。なぜかA4サイズなのだ。請求書だってもう少し小さい。

 安田は冷蔵庫を開けたまま、その封筒を受け取った。


 久しぶりに『ファンレター』と聞いて、ソファーでコーラの到着を待っていた友香里であるが、『こうしちゃいられない』とばかりに、冷蔵庫の前へ飛んで来る。


「誰から? 誰から?」

 嬉しそうな笑顔からのその問いに、安田は対照的な変な顔をして友香里を見た。

 普通『ファンレターの差出人』を、気にするだろうか。友達からの手紙じゃあるまいし。


 しかし安田は『本質的なこと』を見過ごしていた。いつものことだが、もちろん本人に自覚はない。社長には判っている。

 普通ファンレターなら、宛名は友香里のはずだ。安田は宛名を見てもそこには気が付かない。


『マネージャー安田正樹様』

 それを見て友香里はがっかりしている。やはり友香里も『本質的なこと』とは何かを、直ぐに理解したようだ。


 すると安田は、何を思ったのか。急いで裏を見る。

 封書の差出人には『増田雄大』とあった。汚い字だ。直ぐに『増えた田んぼが雄大だ』を思い出す。確かに覚えた通りだ。

 ついでに、あの『虚ろな目』も思い出していた。

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