表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/282

時計は回る(二十四)

 ある日友香里が、ぼんやりと外を眺める有加里に聞く。

 良い天気で、窓から見える雲を二人で眺めていたときだ。


「何か食べたい?」

 ぼんやりと外を眺めていた有加里が振り返った。友香里の顔を見ると、考え込んでいる。

 友香里は急かさずにじっと待つ。今の有加里に『考える時間』というのは、凄く意味があり大切なことなのだ。


「アイス」

 友香里は喜んだ。今は秋。もうアイスの季節ではない。

 だから何か考えてのことなのだろう。考えることは良いことだ。

 友香里は有加里の手を握り、目を見ながら問う。


「何味?」

「バニラ」

 友香里が首を曲げて聞くのと、同じタイミングでの返事。間違いない。有加里は記憶を振り絞って考えているのだ。


 答えた有加里は、自分の手が両手でしっかりと握られているのを、珍しそうに眺めている。

 それは『懐かしい』とでも、思っているのだろうか。友香里の手を握ろうとしている。


 するとその手が、パッと離れたのだ。有加里は顔を上げると、友香里の方を不安げに見る。


「ちょっと待ってて。直ぐに買ってくる」

 有加里は目の前の友香里が『随分大きくなった』と、思っているのだろうか。それともただ単に、『声と姿が一致しない』と、思っているのだろうか。

 何れにしても『小さな妹』は、病室を飛び出して行ってしまった。


 友香里は入り口に立つ正樹とすれ違いざまに、背中を押して病室へと押し込む。会話が聞こえていた正樹は、仕方なく頷いた。

 そんな正樹の耳には、パタパタと遠ざかって行く足音だけが届いている。それは恨めしくもあった。


 正樹は病室で有加里と二人っきりになったが、どうにも掛ける言葉が見つからない。

 また今日も『自己紹介』から、始めないといけないのだろうか。


 有加里を守るつもりで生きて来た正樹にとって、『有加里から恐れられる』ことは、生きる意味を失うに等しかった。

 目の前の有加里は、目を泳がせてチラチラと正樹を見てはいる。


 有加里が興味を持ったこととは、一体何だったのだろうか。

 正樹にはそれが判らない。もう、随分と前のことだ。

 有加里の気を引こうと思って、話し掛けた訳じゃない。有加里は母の『大切なお客様』だったのだ。

 ピアノ教室に来るのが、嫌にならないようにしていたに過ぎない。


 だんまりを決め込む正樹を、むしろ有加里の方がジッと眺めていた。特に話し掛けたりはしない。

 しかしやがて、『無害』と理解したのだろうか。僅かに微笑むと、ぼんやりとテレビを見つめ始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ