空回り(四)
それから三日後。晴れ、雷雨、からの今日も晴れ。
まだ秋は遠く今日も暑い。やはり夏の営業は腰に来る。
まだ二十代なのに、年寄り染みた安田が出した結論。それは、意外な所での営業だった。天気も『ピーカン』だし丁度良い。
本人曰く、『ここなら誰にも文句は言わせない』である。
それは、もちろん『熱い所に行きたい』と、いやちょっと字が違うかもしれないが、確かに言っていた友香里も含めてのことだ。
友香里は都内にある『さぬきうどん』という店の前で自慢の咽を鳴らし、それはもう『熱い歌』を通りに投げ掛けている。
友香里を眺めながら、その横を通り過ぎる沢山の人々。
どうだ。それは『憐みの目』でもなければ『好奇の目』でもない。皆『熱い眼差し』である。
ほれ見たことか。安田の『思惑通り』だ。
チラシを配りながら集まり来るお客は、全て友香里の方へと吸い込まれて行く。やはりココが正解だ。間違いない。
安田は何度もお辞儀をしつつ、自分の行為に納得して頷いている。
安田の後ろで歌う友香里の直ぐ横を、すり抜けて行く人達。それが皆『うどん目当て』でなければの話であるが。
このくっそ暑い中、これまたくっそ熱いうどんを食べる人なら、心もくっそ熱いに違いない。
友香里の言葉を信じて、安田が考え抜いた末の『結論』であるのだが、途中から少々自棄になって来てもいる。
「兄ちゃん、どう? 売れたかねぇ?」
忙しい中、首に巻いたタオルで汗を拭きながら、店の主人が冷水を持って安田に声を掛けた。
安田は頭を、深く深ーく下げる。こんな『良い場所』を提供してくれた店主には感謝しかない。
ちらっと友香里の方を見ると、歌いながらピョコンと会釈。どうやら友香里も『同意見』のようだ。
安田は店主の手から冷水を受け取ると、先ずはそれを一気飲みした。そして、ビールでも飲んだ後のように『アァ』と叫ぶ。
最後にピョコンとお辞儀をして、空っぽのコップを返す。
「あ、ありがとうございます。おかげさまで一枚売れました」
今度は米つきバッタのようにペコペコお辞儀。ハンカチを出して、おでこを拭きながら店主に報告だ。
「そうかい。それは良かったねぇ」
チラっと友香里の方を見ると、何だか『鋭い視線』だった顔が、一瞬で『営業スマイル』に変わる。
歌を続けながら、売り上げを喜ぶかのようにペコリとお辞儀した。
店の主人は四国と縁も所縁もなかったが、今では立派なさぬきうどん店を構えている。
しかし若い頃自分も、ミュージシャンを目指していた時期があった。夢破れてうどん店あり。それが『良かった』のかは判らない。
しかし、だからこそ、安田の真剣な眼差しに共鳴して場所を快く提供したのであった。
人生の一時期、夢を追いかけ続けることは良いことだ。
そんな『夢への一助』を、店主は思い付く。安田に向かって笑顔で『妙案』を示す。
「あぁ、良かったら、食券機に『CD』、入れても良いよ?」
店の主人は食券機の『冷やしたぬき』を指差した。
安田は面白い提案だと思ったが、それについては丁重にお断りした。主人は『妙』だったかと、笑いながら厨房の奥に消える。
安田は真剣に考えていた。
むしろ『大盛』を注文した方に『プレゼント』したいと。安田は歌い続ける友香里の方に振り返る。
あらやだ。何だか目が怖い。安田はビラ配りに戻った。
一度営業が始まると、友香里はプロ根性を発揮する。だから安田は安心出来たし、出来る限りのことをしたいと思った。
足りないのは運? それとも実力?
どこかにある大きな星。それを目隠しで探し続ける一年だった。
「まだ一年さ」
それが『まだ二年さ』になり、そして『もう十年か』になることなんて、安田には『まだ』想像が出来ない。
友香里の歌声が商店街に響く。もう直ぐ昼休みも終わりだ。