空回り(三)
「そうそう」
どうやら安田は『詩の内容が熱いから』と、受け取った様だ。
確かにそれはそれで、あながち間違いではない。友香里は頷いて『そういうこと』にすると、今度はコーラを思い浮かべた。
「そうか。じゃぁもっと情熱的な若者がいる所に行かないとダメか」
「ハワイとか?」
友香里の即答に、安田は怪訝な顔つきで横を見る。どうしてそう言うときは反応が速いのか。
目を輝かせている友香里を見て、もう少し『ドキドキ』しないといけないのかもしれないが、何故か『そんな気』はしない。
そんな友香里がニッと笑い、顎を前に突き出す。しかし安田の表情は変わらない。
だからだろうか。無言で『ねっ』『ねっ』と繰り返している。それはご丁寧にも、一言づつ首の角度を逆向きに変えながらだ。
いつまでも返事がないから、段々とふざけ始めたのだろうか。首を振る幅が大きくなり、顔がだいぶ砕けてしまった。
もう『アイドル』らしくない。欠片も無い。長い髪だけが揺れていて、荒れ狂う獅子舞のようだ。
いつまで、そんな顔をしているのだろうか。安田は溜息ばかりで賛成出来る筈もない。
あぁ『呆れて言葉も出ない』とは、正にこのことだ。
『プップゥーッ!』
後ろからのクラクションに、安田は慌てて車を発進させる。信号はいつの間にか青に変わっていた。
友香里は安田から『げんこつ』をされる代わりに、シートに叩きつけられる。
「グアムとか?」
頭を打って、おかしくなってしまったのだろうか。友香里はまた『島の名前』を口にした。
それでも表情が最初に戻る。顔だけは喜びに満ち満ちる『アイドル』らしくなているが、きっと再び揺れ出すのだろう。
速度が安定して来た所で、安田は肩を落とす。
「ねっ!」
今度は声を大にして、友香里は自らグアムに『賛成の一票』を入れる。全体で『二票』その内の半分を確保した。
これで『負け』はなくなったと見たのだろうか。今度は首を振るのではなく、両手をヒラヒラとさせて『フラダンス』を披露だ。
安田は苦笑いして、やはり頭の打ち所が悪かったのだろうと思うことにして、スッと前を向く。そして短く『フッ』と吐く。
「売れたらね」
前を向いたまま安田は答えた。
その答えに友香里はフラダンスを止め、ふとももを両手でパチンパチンと叩いて怒る。
「売るために行くんだよ!」
そんなの嘘に決まっている。安田は今度は鼻で笑った。
そして、いつもより強い調子で言い放つ。
「車で行けるトコッ!」
ちらっと友香里の方を見ると、両手を握り締め、恨めしそうに睨み付けている。
まるで歌手から、今度は『女優』にでもなったかのように、パッと表情を変えていた。
そうそう。曲毎に、それくらい表情を変えても良いものだ。
恨み節? そんなの知るもんか。
いずれにしろこの一言で、香港も台湾も沖縄も選択肢から一瞬にして消えた。友香里は頭を働かせ、次の『南の島』を考える。一瞬『仁右衛門島』が思い浮かんだ訳だが、口に出す前に消した。
最終的に思い浮かんだのは、鹿児島の『桜島』だった。
「キーッ」
友香里の頭から煙が立ち昇ったが、安田はそれを横目で見ただけだ。しかし、実際には笑いを堪えるのに必死である。
ここで腹筋を押さえる訳にも行かない。
友香里が『ワーワー』喚く声を聞き流しながら前を見て運転し、次の営業場所をどこにするか考えていた。
実は安田も『桜島』と思っていたのだが、友香里の『噴火』を目の当たりにして取り消した。
次に思い浮かんだのは、高田家と安田家で一緒に行った『仁右衛門島』である。しかしそれを、友香里に言える筈もない。