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時計は回る(四)

 街を抜けた頃、朝日が見えて来た。風の匂いが変わる。

 正樹はサングラスを掛けて、バックミラーで『決まった』と確認してにやける。

 そんな正樹を横目に見て有加里は微笑む。その後は、帽子を少し深く被っただけだった。


「眩しいね」

「君もだよ」

 正樹はさらりと有加里に言う。まぁ、本音だろう。

 右手の親指と人差し指で顎を擦る正樹に、有加里は軽く、ほんの少しの力だけでパンチをする。

 しかし正樹は凄くおどけて見せる。パカンと口を開けて、とても痛そうな表情をしたではないか。


 そんな所にも『古傷』が? 有加里はびっくりして、殴った所を擦ったが、正樹はくすぐったそうに笑うだけだ。

 それを見た有加里も安心したのか、それとも『騙された』と判ったのか。とにかく笑った。


 それにしても正樹が『有加里に殴られた』のは、人生でこれが最初で最後なのであった。


 朝日が高く昇る前に町並みは低く変わり、太陽を遮るものは時折現れる大木だけになっていた。

 遠くに見えていた葉の色が、『影のある濃緑』から近付くにつれ『鮮やかな新緑』となり、セブンの後方へと流れ行く。


 暫く前に通り過ぎた信号から、果たしてどれ位来たのだろうか。左右に曲がりくねる田舎道。それだけで正樹は楽しい。

 しかも今日は、有加里もいるのだ。


 唸るエンジン音の中、遠くに海の姿が覗いたときだった。正樹は機嫌よく歌い始める。


「わったっしかぁらぁ、あっなったえぇー」

 その歌い出しを聞いて、有加里も歌いだした。

「こっのっうたぁをー、とっどっけよぉおー」

 財津和夫の『切手のないおくりもの』だ。二人はセブンの爆音をバックに、首を左右に振りながら子供のように歌う。


 一番の最後は、お互いに指を指し合って笑った。


 二番が始まったとき、再びお互いを指差したのだが、それには二人ともおどけて首を横に振る。

 そして、誰もいない後ろを揃って指差し、何度も頷いた。


 ところが、三番を歌い始めた瞬間、『歌詞』がお互いに違っていて、正樹は有加里の歌に驚いて黙る。

 有加里は微笑みながら首を傾げて正樹を見つめる。三番を最後まで歌うと、正樹を指差して微笑む。


「ねぇ、まーくんの『夢』ってなーに?」


 出会ったときから目指していた『最初の夢』が、無残にも散ってしまったのを有加里は知っている。沢山泣いていたのも知っている。

 だからこそ、『今の夢』が知りたかった。


 正樹のことを有加里は『いつまでも夢見る少年』であると、思っていたいのだろう。

 何も知らない有加里に、ラグビーの『不思議なルール』のことを、嬉々として教えてくれたのは楽しい思い出だ。


 すると正樹は、大きく息を吸って真顔になると、真っ直ぐに前を向いた。『楽しい説明』の始まりだろうか。

 サングラスの下にある瞳が、『パチンパチン』と瞬くのが見えて、それはあたかも『緊張している』かのようだ。


 今までにないその横顔は、有加里にとって正樹が『少年』から『大人』になったと思わせるのに十分だ。

 背筋を伸ばして遠くまで見渡すような眼差し。

 これは、そう『新しい夢』を見つけた顔だ。


「お前をスターにすることさっ!」


 言いながら顔を有加里に向けていた。きっと目は横目で前を向いているのだろう。サングラスで良く判らない。

 それは左手を振りながらの、気取った顔から放たれた言葉だった。


 正直、あまり似合ってはいない。


 真面目な話をしているのに、サングラスがいけなかったのかもしれない。大きな体で凄く窮屈そうにしている。あとね、顎の角度。

 だから有加里は、右手をそっと口の所へ持って行き、小さく笑う。


 やはり正樹は、まだまだ『夢見る少年』のようだ。

引用:財津和夫『切手のないおくりもの』

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