空回り(二)
車は表通りに差し掛かった。途端に車が増える。その沢山の車の間に上手く入り込むのだ。すると安田は、ふと考え始めた。
果たして二人は、時代の荒波にも乗ることができるのだろうか。
すると目の前を、黒い煙を吐きながらダンプが走り抜ける。
「窓閉めるよ」
友香里の髪が、ブレーキと夏のそよ風に揺れていた。それはそれで『夏らしいカット』としてプロマイドにできるか。
いや、よだれ垂らしているし、ちょっと無理っぽい。
一部の『マニア向け』になってしまうだろう。それは忍びない。
安田は右手を伸ばして、窓のスイッチを操作する。バンはエンジンもパワーがあったが、窓にも力があった。
友香里の左腕を、その上の頭ごと持ち上げたのだ。
友香里は疲れてウトウトしていたが、窓に起こされた。
飛び起きて『アワアワ』している所も、ちょっと『愛らしい』と言えばそうかもしれない。そんな姿も本当の友香里ではある。
「その人ね、友香里ちゃんと同じ位の人だったんだ」
笑いを堪えた安田が、話を蒸し返した。安田にとって友香里は、絶対に売れて欲しい存在なのだ。
まぁ、『売れて欲しくない』と思っているマネージャーなんて、一人もいないのであろうが。
目を開けた友香里だったが、安田の問い掛けに頭は混乱する。
アワアワから一転。別の『アワアワ』を思い浮かべていた。
今日も朝から忙しかった。しかし、今日の営業はこれで終了だ。
CDの売り上げは五枚。昨日に比べれば倍以上だ。良く働いた。
それを伝票に書いて、後は冷たいコーラを飲んで、クーラーの効いた部屋に戻って、寝る。
あぁ、この後のスケジュールだって、満杯なのだ。
「んんっ、誰っ?」
相変わらずの低い声。それもそう。友香里には興味のない話だ。
自分に興味がない人には、自分も興味がない。
自分に興味がある人、それが世の中に百万人位いれば、自分は歌手として『まぁまぁ』やっていける。
友香里はちょっと欲張りすぎかなと思って、クスッと笑った。
一方の安田は、黙って前を向いたままだった。
それは単に『運転しているだけ』とも言うが、決して付き合いが短くないのも事実。
黙っていても、何を言わんとしているか位は察しが付く。
友香里はそんな安田の横顔を見て、『一応』気持ちを切り替える。
左手で耳の後ろに手を入れると、髪を整えた。そして、車に乗ってからの会話を頭の中で繋ぎ合わせ、もう一度『安田の質問』を自分自身に投げ掛ける。それから口を開いた。
「歌がダメだと言うこと?」
安田が前を向いたまま頷く。それを見て友香里は、カチンと来た。
曲を作ったのは確かに友香里であるが、会社の『最終判断』には安田だっていただろう。あれだけ毎回『ウダウダ』言われてだね。
それを『今更ダメだ』と言って、この売れ残りの『CDの山』はどうしてくれるのだ。言われ損ではないか。
「ターゲットがさ、絞り切れてないんじゃないかな」
「どういうこと?」
判りやすく言ったつもりだったが、安田は聞き返されて横を向いた。丁度赤信号だ。それなら良いだろう。
「だってさ、同年代の人たちに向けた『メッセージ』なんでしょ?」
首を傾け渋い顔の安田を見て、友香里からの反論はない。そのまま誤魔化すように再び前を見る。そこについては自信がなかった。
選曲の時に言った『とっさの一言』を、安田は覚えていたのだ。
その指摘には『しまったなぁ』と思う。友香里は左目を瞑ると、左手でまた髪を整える。今度は何て言おうか。
正直、今回のCDは自信作ではない。それに加え、少し多めにプレスしたのも重荷になっている。
前回の『まぁまぁ売れた』という結果が裏目に出た。
もし友香里が『有名』になった時、『ベストアルバム』に収容されるであろう曲は、一曲もないだろう。
「暑いからだよ」
だから友香里は『気候のせい』にした。もっと涼しい所で営業すれば売れたんだよ。そうね、あと五枚位は。
「現代の若者は、もっと『クール』だったと、そう言うこと?」