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空回り(三十七)

「判りました」

 クリスマスにはまだ日がある。だから『本人』が来れないのは判る。それに、雄大の目を見れば『本当は誰か』も判る。

 おばちゃんも納得して受け取った。やるせない気持ちで一杯だ。


 おばちゃんが紙袋を覗き込み、眉をひそめて熊のぬいぐるみを眺めている。実際、何て言って渡そうか思案中なのだろう。


 雄大はその間、おばちゃんの独り言を耳にしながら、葬式でのことを思い出していた。

 それは、雄大が席を外して戻って来たときのことだ。障子の向こう、父と母だけになった部屋で、言い合っているのを耳にする。



『早苗ちゃんは良いけど、春香ちゃんはダメだよ』

 平然と、そう言い切ったのは父だ。

『どうして? 二人とも亜希子の娘よ?』

 父とは違い、必死に食い下がっているのは母だ。


『ダメだよ。春香ちゃんはピアノが弾けない』

 あっさりとした理由だ。この世にこれ以上の理由があるだろうか。

『ちょっと、そんな理由なのぉ?』

 雄大もそう思う。しかし、雄大はまだ子供だった。


『そうだっ。お前の兄・貴・に・言・わ・れ・た・ん・だ・よっ!』

 突然怒りをあらわにした父が、右手で指差していたのは母だ。

 うむ。母の長兄なら、それ位のことを言うだろう。雄大には理解出来た。しかし、それが納得出来るかと言えばそんな話ではない。

 幼子の『これからの将来』が掛かっているのだ。


『そんなの、無視すれば良いじゃない!』

 母が叫ぶ。賛成。家族は多い方が良い。母の応援をしようと雄大は障子の手すりに手を掛ける。


『無・理・な・ん・だ・よっ! 判ってくれよっ!

 今、宮本家から目を付けられると、家の店は困るんだ!

 全・員・路・頭・に・迷・う・ことになっても良いのかっ!』


『皆・で・路・頭・に・迷・え・ば・良・い・じゃ・な・いっ!』


 父と母の怒り狂う声が突き抜けて来て、雄大は手を止めた。

 笑顔しか見たことのない両親と、路頭に迷う姿を思い浮かべる。

 自分の両手には、引き取った二人の従姉妹が。


『何を甘いことを言っ・て・る・ん・だ!

 お・嬢・様・育・ち・の・お・前・に・何・が・判・る!』

『痛いっ!』

 父が母に手を挙げていた。多分、母も初めて平手打ちをされたに違いない。その後は、子供のような鳴き声だけが聞こえて来る。


 母にしても、選りにも選って『実妹の葬式』でこんなことになるなんて、思ってもいなかったのだろう。


 普段は仲睦まじい夫婦が、今は幻のようだ。

 雄大は障子を開ける手が動かない。



「いつもは元気ですから、安心してください」

 おばちゃんの声に雄大は我に返る。

 今日も雄大は、みのり園の門扉を開けることはなかった。


 雄大は早苗の頭を撫でると、ハンカチを渡す。早苗はハンカチで鼻を拭くと頷いて、雄大のポケットに捻じ込んだ。


「よろしくお願いします」

 雄大と早苗は目を赤くしてみのり園を後にした。

 後ろから照らす日差しが二人を照らしていたが、何の温かみも感じられない。世は無情である。



 雄大と早苗は、父が経営するレコード店の前を通って駅に向かう。

 そこでしばし、ガラス張りである店の様子を伺った。客が結構入っているのだが、買う人は余りいない。


 この店も、何もかもを失うのだろうか。今の生活が、ガラッと変わってしまうのだろうか。

 そんなこと、今まで考えもしなかったのだが、今は不安しかない。

 葬式の後も、父と母は相変わらず仲良しなのは変わらない。それとも自分がいない所では、また喧嘩しているのだろうか。


 自分が『何をすれば良いのか』なんて判らない。『芸大合格』だけが、今の自分に課せられた課題だ。

 むしろ、そんなことしか判らない。


 今になって思えば『宮本家の面々に認められること』が、自分の目の前に敷かれた『レール』なのだ。

 だから『弟子を取らない主義だ』と言っていた師匠にでさえ、難なく弟子入り出来た。裏で宮本家が動いていたのだろう。


 だからこそ自分は、宮本家の奴らを超える音楽家になって。と、そこまでの想いはある。

 しかしその後はどうしたいのだろうか。音楽で何をしたいのだろうか。目標でもなく決意でもなく、漠然とした何か。判らない。


 ピアノのCDを出す? 作曲をする?

 今の時代、CDを出してもヒット曲は売れるが、それ以外はポツポツと売れる程度だ。

 雄大はふと『勝負』をしていたことを思い出す。そして、自分の作った曲を自分で弾いて録音したCDが、店頭に並ぶ光景を想う。


 客はそのCDの前を素通りして行くだけだ。見向きもせずに。


 売れなかったCDの運命、それは再びプレスされること。

 その瞬間、そのCDが歌うことは二度とない。永遠の品質を保証されたCDが、その運命を全うすることなく廃棄されるのだ。


「リサイクル、されるよね」


 雄大が小さな声で呟く。自分のCDが棚から消えた瞬間だ。

 時々雄大は変なことを言う。早苗にもそれは、嫌と言う程良く判っている。しかし今の一言だけでは、何が何だか判らない。

 首を傾げ『ほにょ?』という感じで雄大を見上げる。『帰るぞ』と軽く雄大の腕を引っ張ると、気が付いた雄大が動き出す。


 何に納得して家路に付いたのだろう。判らん。もっと大人になれ。

 何度も頷く雄大を見て、早苗は眉をひそめた。

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