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覗く片鱗(三十四)

 頭の中にある『音楽辞典』について、校正する時間を欲す。

 しかし西園寺の行動はそれを許さない。きっと雄大の実力が『想定していたレベル』より、ずっと低かったのだろう。確かに『雄大程度』のピアノ奏者など、掃いて捨てる程いる。だからと言って、それが『人』に対する適切な表現かは一考の余地あり。

 いや、考えるまでもない。芸大から『取捨選択』を受ける立場に身を置く者にしてみれば、これ以上ないピッタリな言葉ではないか。


 そう思えば、今の『雄大のレベル』なんて自ずと明らか。むしろ焦っていたのは、西園寺の方なのだ。顔にこそ出していないが。

 結局雄大は、『一つの音楽記号に対する意味が必ずしも一意ではない』と、記憶するのがやっとの体たらくだ。


「タラリラー、ダダンダン、ダン! ダダンダン!」

 ピアノの演奏に合わせて、西園寺が踊っている。

 忘れているかもしれないが、今『ピアノの横で踊っている老人』は、教えている曲を弾けるし、人前でだって弾いたことがある。

 何なら『お金』を頂いて、弾いたことだってあるだろう。惜しみない拍手と声援も付けて。

 だから別の言い方をすれば、それは『踊って見せている』とも言える。判り易く『こんな感じで弾け』と。演奏中の『ピアノの調べ』と被らないように、声で旋律をなぞりながら。


 しかし雄大は、目の前に並ぶ『鍵盤』の方に夢中だ。

 普段の練習でだったら、『目を瞑ってでも弾ける箇所』である。

 今の雄大にそんな『余裕』はない。目を見開いて、指先に集中していた。気が抜けぬ。今日は『何か』が違うと感じる。

 ここで一音でも外したら、自分の未来が大きく変わってしまうのではないかと、えも言えぬ恐怖すら感じていた。


 西園寺は評価し続ける。歌いながら、踊りながら、聞きながら、そして、横目に雄大の弾く姿を眺めながら。失笑は堪えて。

 どの道、ピアニストの指は『練習した通り』にしか動かない。

 そんな指先をただ見つめているだけなのに、それで本人は『集中したつもり』になっている。『つもり』では仕方ないのだ。

 最早『哀れ』を通り過ぎて、『滑稽』にさえ映る。


『ジャララララー』「そう!」『ダンッ!』「違う! (ダンッ)」

 大きく手を振って一喝。西園寺がピアノを叩いた。

 当然のことだが演奏はそこで止まる。いや、雄大がビク付いて演奏を止めただけだ。因みに『違う』の理由は判っていない。

 右手を強く叩き付けて弾いた今の『和音』は、一音も外していない。だから不協和音には、ならなかったはずなのに。


「今のが、君の『フォルテ』なのかね?」

 またそれだ。雄大は少々うんざりしていた。フォルテはフォルテであって、フォルテ以外のなにものでもない。なのにフォルテフォルテフォルテフォルテフォルテって。フォルテって何だっ!

 言うのだって書くのだって大変なのに。いい加減にして欲しい!


 所詮西園寺に『演奏しろ』と言われたから弾いたに過ぎない。

 年寄の戯言に付き合ってやっているのだ。歌って踊ってばかりいないで、もっと気の利いたことの一つや二つ、言ってみせろっ!


 まさか雄大が『そんなつもり』であったと、思いたくはない。

 思いたくはないが、西園寺には『そう』思えてならないのだ。

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