覗く片鱗(三十二)
答えが判り切った質問に、果たして答える必要があるのだろうか。
「フォルテです」
当然だ。見れば判る。むしろそれ以外にない。雄大は考えるまでもなく即答したが、矢継ぎ早に次の質問が来る。
「君は今、フォルテだったのかね?」
それも答えるのか? 一瞬迷う。しかし当然、答えなければならないに決まっている。その為に来たのだから。教えを乞う為に。
「はい。強く弾きました」
「違う。フォルテは強く弾くじゃない」「えっ?」
最初の混乱が雄大を襲う。ピアニストとして『耳を疑う』のは、決して良いことではない。
目を疑おうにも、西園寺は確かに首を横に振っているではないか。
雄大は頭の中で『音楽辞典』を開いていたが、フォルテのページに赤く大きなバツ印が付けられた。加えて『?』も。
「君は何も判ってないなぁ」
呆れるような口調。しかしそこで『いいえ』と言おうものなら、何が起きるのかは一目瞭然だ。雄大は黙って頷くだけ。
「ピアノで『強く弾く』と言うのは、どういうことかね?」
西園寺は雄大を鋭い目で直視している。少し顎を雄大の方に振って『楽譜を良く見ろ』と言わんばかり。見たって答えは『フォルテ』に決まっている。それを今答えたのに。
もうすぐ大学受験が控えていると判っていていながら、それでいて聞いていることは、まるで小学生にでも聞くような内容だ。
だから『判っていない』と指摘しておきながら、『そんな質問』をされても雄大は困るばかり。それに、きっと何を答えても『否定されてしまう』のは明らか。答えなければならないのも確か。さて。
さっきから息継ぎをしていなかった。今更に苦しい。
忘れていたのか、それとも許されなかったのか。答えるために、ほんの少しだけ空気を吸い込むと、小さな声で力なく答える。
「大きな音を出すことです」「そうじゃないだろ」
小さな声を大きな声で否定された。期待通りに違いない。
しかし雄大には、もう少し『時間』が欲しかった。答えの『ヒント』が欲しかった。西園寺がそれを許さないのは重々承知の上で。
今まで『大きな間違い』なんてしたことのない雄大にとって、なぜか『基本的なこと』に答えられない自分がもどかしい。
西園寺の目を見ていることが出来なくなり、雄大は目を逸らす。
答えを求めて楽譜に視線を合わせたのだが、それでは何も解決しない。真の答えは『頭』で考えなければならないのに、『視界』にのみ頼っている状況だ。本人は自覚していないだろうが。
西園寺には全てお見通しのようだ。雄大の真正面。鼻先にある個所を指で『トントン』と叩き、次の質問と視線をぶつけて来る。
「じゃぁこの曲を『ピアニカ』で弾いたら、ここの『フォルテ』はどう弾くのかね?」
難しいことを聞く。何処から『ピアニカ』が出て来たのか。
「息を沢山吐きます」
ピアニカは小学生以来触れたこともない。しかし雄大はその構造について記憶があった。取り敢えず答えるしかない。