レッスン(七十二)
言い方に実感が籠っている。そう思わずにはいられなかった。
雄大のことを真っ直ぐに見つめていた友香里の眼差しが、言葉と共に閉じられて行く。軽く頷きながら。
再び顔を上げた友香里の瞳に、雄大は吸い寄せられていた。
実際にはただ驚いて『立ち尽くしていた』だけ、かもしれない。いや、正確には、そんな風に状況を分析する暇もなかった。
目の前の現実は、雄大の想像を遥かに超えて進行しつつある。
友香里の表情が小刻みに変わる。震えているのだろうか。
雄大は、いつもだったらするであろう『何秒毎に』とか、そんなつまらない『計測』も今は出来はしない。
それでも瞬間的に移り変わる毎に『友香里が何を考えているのか』を、推察すること位は出来た。普段は見ない表情ばかりだが。
何しろ雄大の瞳には、友香里しか映っていない。
信頼。喜び。決断。友香里の瞳は真っ直ぐなまま。
急に目を逸らすことで垣間見えた不安。いや、敢えて『恥じらい』と言うべきか。雄大には長めに感じられた。
間もなく消える。誤魔化すような喜楽を経て、再び決意の眼差し。
その目は、一体『何』を決意したのだろうか。
喜怒哀楽とは違う、もっと複雑な表情の変化が見て取れる。
だとしても、何故にそこまで『見ていられる』のか。
そんなの雄大には判らない。無理やり答えを捻り出すならば、『目の前に友香里が居るから』としか言い様がない。
何しろ二人は『理由も判らず見つめ合っている』と帰結せざるを得ない。幾多の星々に見守られながら。
距離を詰めて来る友香里の瞳から、映っていた雄大の姿が消える。
顔を背けた訳ではない。街灯に照らされた二人の陰は、一つになったままだ。目を閉じて『信頼の表情』に変化しただけ。
細かい説明が許されるのなら、顔の中央にある突起の分だけ顔を傾けてはいた。
しかしその程度の傾きで『顔を背けた』とは、言わないだろう。
雄大は相変わらずの立ちっぱなしである。
右手は尚も掴まれたまま。しかし左手は自由だ。かと言って、ポケットに突っ込んだきりで動きはない。
何だったら、背伸びをしている『友香里の支え』として有効活用すれば良いのに、そんなつもりもないようだ。
さっきまで味噌チャーシュー大盛に、『ニンニクを入れ合う仲』だった二人。分け合った餃子にも、ニラがタップリと入っていた。
だから今、二人は酷い臭いに包まれていることだろう。
『何も感じない』今の二人に感想を求めたとしたならば、一致してそう答えるに決まっている。実際ニンニクの臭いもニラの臭いも、そして理性さえもが忘却の彼方へと飛び去っていた。
後から感じたのは、甘酸っぱいレモンの味に違いない。
塀の上を機嫌良く歩いて来た猫が、見慣れぬ姿と相成っている人影を見つけて足を止める。方向転換をして、そっと行ってしまった。
二人はしばし見つめ合っていたが、猫とは反対の方角へと揃って歩き始める。今度は互いに一言も発することなく、ただ静かに。