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レッスン(六十三)

「お客さんが喜んで、お金を払ってくれるのがプロなんでしょ?」

「そうだね」「ほらぁ」「ほらって、何だよ。ほらってさぁ」

 友香里の言いたいことは判る。それでも雄大は聞き返さざるを得ない。どうやら『雄大の考えるプロ』と『友香里の考えるプロ』には、分かり合えない程の大きな乖離がありそうだ。

 友香里はニコニコ笑っているのだが、雄大は渋い顔だ。


「そうだ。『流しのピアニスト』でも、やれば良いんだよ」

「ギターじゃないんだからさぁ、ピアノで『流し』は無理だよ」

 軽トラックにグランドピアノを乗せて、居酒屋巡りだろうか。

 それなら狭い路地でもグイグイと入って行けそうだ。

「ほら。直ぐ否定するぅ」「否定もするよぉ。どうすんだよぉ」

 どうやら『軽トラ流し』は却下らしい。良い案だと思ったのに。


「違うって。だからさぁ、プロだったらお客呼ばないとダメじゃん」

「現実はプロじゃないんだからさぁ、お客呼べないジャン」

「判んないかなぁ、だったらお客のいる所へ行けばってこと」

「街角でストリートピアノ? だったら『ジャンル』が違うよぉ」

 舞台での演奏しか頭にない雄大に、ストリートピアノの魅力は刺さらなかったらしい。演奏したい曲目を含めて。


「ジャンルかぁ。雄大はさぁ、一生『カバーだけ』して行くの?」

「何だよ急に。それに『カバー』ってさぁ」

 片目を瞑って『考えているふり』をしているが、その意味するところについて雄大は判っていた。如何にも今の友香里らしい。


「カバーはカバーだよ。『クラッシック』ってさぁ、要するに『昔の人のカバー』なんでしょ? 違う?」

「えぇぇっ? 違ってはいないけどさぁ、『カバー』って一言で片付けちゃうのは、どうかと思うよ?」

 驚いて見せたが、予想通りの答えに雄大は笑っていた。


「何が悪いの?」

「悪いなんて言ってないよ。クラッシックは『偉大な音楽家』の、『素晴らしい音楽』なんだからさぁ。解釈の相違とか」

「その『素晴らしい』は、誰が決めたの?」

 説明している途中に友香里が割り込む。雄大は説明を止めると、質問に答える。


「誰ってそんなぁ。皆だよ。全世界の皆」

「それは違うよ」「違ってなんかないよ。ドイツとかイタリアとか」

「ヨーロッパじゃん。ヨーロッパだけじゃん」「だけってそんなぁ」

 再び友香里から割って入られた。困った女だ。


「言わば『クラッシック』てさぁ、ヨーロッパの『民族音楽』みたいなもんでしょ? 『田植えするときの』みたいな」

「いや『田んぼ』はないから。それに民族音楽とも違うから」

 雄大はヨーロッパの民族衣装を着て、並んで田植えをする姿を思い浮かべていた。やっぱりそれは似合っていない。


「じゃぁ、『その辺』を大学で勉強すると、プロになれるの?」

「一応、必要なんじゃないかなぁ。深みが増すんじゃない?」

 つい雄大も『一応』なんて付けてしまったが、必須とは言っていない。一応は一応だ。


「へぇ。ヨーロッパの歴史を勉強すると、ピアノが上手になるの?」

「いや、練習しないって訳じゃないよ。必要なだけで」

 これから大学を受験しようとしているのに、そんなことを言われてもキツイ。それこそ『日本の民謡』だって詳しくないし、そもそも『田植え』とか、したこともない。

 だからって『民謡のプロ』が、田植えに詳しいとは思えない。


「だったら別に、大学じゃなくても良いジャン」

 雄大は押し黙る。友香里の質問に答えられないのは、これで何度目だろうか。雄大にも『友香里の言いたいこと』は判る。


 要するに『先ずは客の前に立ってみろ』と、そういうことに違いない。しかしそんなことをしたって、『望む収益』が得られなければ到底『プロ』とは言えないのだ。


「雄大はさぁ、お客さんに『凄い』って思って欲しいの?」

 黙っている雄大に、角を曲がった所で友香里からの問いが来る。

「え? まぁ、そう思って貰えたら嬉しいと思うけど、悪い?」

「いや、悪くはないけどさぁ、何て言うかさぁ」「何?」

 友香里は言葉を選んでいるのか、雄大から顔を逸らし、前を見てしまっていた。それがパッと戻って来る。


「ほら、それは『ビックリ人間』としてでは、ないんでしょ?」

「何それ。当たり前だよぉ。ピアニストなんだからさぁ」

「一応、音楽のプロだから?」「そうだよって、一応って何だよ」

 雄大が文句を言っても、友香里は笑っているばかりだ。


「私から見たら、今の雄大は『ビックリ人間』の範疇なんだよねぇ」

「何でそうなる? 酷い言い草だなぁ」

「いやいや、勘違いしないで? 一応『誉め言葉』だから」

 慌てたように手を顔の前で振る。ちょっと笑っているのが怪しい。

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