レッスン(四十二)
自分の想いを込めるのに、『こんなに体力を消耗するものなのか』と感じる。自分が考える『イメージ』とは、少々違っていた。
どうしてそんな差異が、明らかになったのだろうか。
にこやかに歌う姉を見ていたから?
いや、自分は『姉の真似』をしていた訳ではないはずだ。
実を言えば『姉のようになりたい』と、思っていることは確かだが、『とてもなれない』とも思っている。
それは自分に言い聞かせる意味を込めて、ちゃんと『言葉』で表したはずだったのに。私は私だと。
「通しで歌って見る?」
友香里は息が荒い。まだ肩を震わせている。
雄大と目を合わさず、今は深呼吸に専念しているようだ。雄大は首を傾げたその姿勢のまま、友香里の返事を待った。
「うん。そうだね。このイメージで行く」
息を整えて切り替える。雄大の提案に答えた友香里は、目の前の楽譜に手を伸ばすと先頭から『赤い箇所』をおさらいする。
そして、もう一度『落書き』のページを開く。
初心貫徹。初めて感じた『想い』を歌詞に載せて。
言葉にできなかった想い、詩になれなかった言葉の数々を、せめて『詩情という景色』へと変えるために。
その間雄大は、友香里の部屋を見渡していた。ちらっと『オルガン』が目に入って雄大は立ち上がる。
「伴奏してあげるよ」
立ち上った雄大は、友香里とすれ違うようにオルガンの前へ。
後ろからは『いいよ』と、曖昧かつ短い返事が。それを『遠慮している』と思った雄大は、そのままオルガンの前に立つ。
実は『ピアノの方が良い』と思っていた。しかし隣の部屋に行くよりは、目の前の『オルガンでも良いや』位に思っている。
オルガンは学校の教室にあるのと同じだ。違いと言えば『レースのカバー』が掛けてあるだけ。まぁそれは、この際関係ない。
雄大は蓋を開けた。手垢なのか、それとも古くなって変色したのか判らない『古い鍵盤』が現れた。いやはや。大分古いようだ。
電源ボタンを押して、鍵盤を叩いたのに音が出ない。『おやっ』と思って直ぐに足元を覗き込んだ。
すると電源コードが伸びていて、その先のプラグがコンセントから抜けている。雄大は椅子に座ると手を伸ばし、目の前のコンセントにプラグを差し込んだ。
先に電源ボタンを押していたからだろう。モーターが始動する低い音がして、オルガンが息を吹き返す。
雄大はいつもの通り、『全音チェック』に取り掛かる。
鍵盤の左から全ての音を一気に弾いて、ピアノの調子を確かめるのだ。これは『オルガン』だけど。癖だからしょうがない。
するとそいつは、EsとAsとBの音で、およそ楽器らしくない『ビヨーン』いう音を響かせた。雄大は顔をしかめる。
ここまで来ると『狂ってる』とすら言い難い、『変な音』だ。