レッスン(三十六)
「息継ぎをすると、想いも切れるよ?」
不思議そうに友香里が首を傾げている。本人にしてみれば、息継ぎで切れるような想いで曲など作っていないのだが。
「歌っている人の想いが『聴いた人に届くか』だからさぁ」
「うんうん」
それなら納得だ。何事も『判り易く』することは大切であろう。そう理解して、友香里は素直に頷いた。
「言葉が繋がっている所は、ちゃんと一続きで歌うべきだよ」
「うん。判った」
すると楽譜に次の紅が差される。
「一小節前に短くブレスして、ココは滑らかにね」
「OK。今度からやってみる。短くブレス」
また赤。こうして楽譜は、どんどん赤色に染まっていくのだろう。友香里が頷いたのを見て、雄大も頷いた。ではない。
ノートに目を落としただけだ。すると矢継ぎ早に次の指摘が来る。
「ここの伸ばしが短いよね」「そう? 伸ばしてるけど?」
「うん。一拍短いと思う」
雄大は友香里の歌を聴いて楽譜を起こしている。
友香里は雄大が赤く丸した所を見た。レコーディングに使用する楽譜、そこは確か『四分休符』だった筈なのに。
見れば雄大の楽譜は、『二分休符』になっていた。
そんな風に歌ったつもりはないのだが。『雄大も筆の誤り』だろうか。そう思いたくもなる。
「サビでしょ? ここが短いとダメだよ」「そうなんだ」
知ったように言う。しかし『詩』を書いた本人は苦笑いだ。
何だろう。自分の書いた『詩』が試験問題になって、『作者の気持ち』を問われているような。しかも答えが『不正解』みたいな?
「そう思ったことない?」「うん」
言っちゃ悪いが『何が判る?』である。
そんな簡単に『歌が心に沁みた』ならば、どんなに良いことだろう。きっとCDだって馬鹿売れ間違いなし。友香里はニヤける。
「だってさぁ。こういうことでしょ?」
雄大は友香里が『さっき話してくれたこと』を、『友香里の真似』をしながら話始めた。
声の質、高さは全然違うのだが、身振り手振り、その言葉遣いは身に覚えがある。むしろ友香里は、雄大がこんな風に自分を観察していたのかと判って、少々、いや、結構恥ずかしい。
「それが、こう聞こえるからね?」
再び雄大が話始める。それは一度目とはちょっと違う。
身振り手振りは一緒。良くもまぁ、同じように繰り返し出来るものだと感心する。やはり普段からピアノで同じ曲を、何度も何度も練習し続けている賜物だ。
声の質、高さまで一度目と一緒なのだが、結局違うのは『話し方』だけである。しかしそれが真面目な雄大の顔に反し、全体的に何だか『ふざけている』ように感じて、友香里は思わず苦笑いだ。
「そぉんなに『ブツ』『ブツ』って、区切ってないからねぇ?」
単語一つづつを、明確に区切って話す雄大に強く念押しする。