第2話 5
――翌日。
夜中まで羞恥に悶えまくったシャルロッテは、ボサボサに乱れた髪で朝を迎えた。
いつものようにベッドの上で転がり悶えたのだ。
朝の支度にやってきたマリサは、もはや慣れっこで。
ため息ひとつ、シャルロッテを鏡台の前に座らせる。
「――山賊ごときに神器を喚起する必要なんて、なかったのではありませんか?」
ブラシでシャルロッテの髪を梳かしながら、たしなめるような口調で訊ねるマリサ。
「だぁってぇ……人死にはなるべくみたくなかったのよ……」
表ではいかにも公爵令嬢といった毅然とした仮面を貼り付けるシャルロッテだったが、マリサの前だけはひどく甘えた表情を見せる。
「私には、そうできるだけの力が与えられているのだから……恥ずかしいのは我慢すれば良いのだし……」
そう告げるシャルロッテに、マリサは苦笑するしかない。
自身の羞恥を押し殺し、民の為に行動できるシャルロッテは、正しく貴族令嬢――いや、敵対していた山賊の命まで心配するのだから、まさに聖女といえるだろう。
神器の力を喚起するたびに、自室でのたうち回るシャルロッテを見ているだけに、マリサは心からそう思う。
同時に、聖女というのはつくづく因果な役割だ、とも。
よその国で聖女といえば、慈愛と癒やしを人々に与える女神官の事を指す。
だがエリオバート王国においては、歴代神器継承者の伝承からか、圧倒的武力を誇る正義の代行者という認識が強いのだ。
(お嬢様がこんな気質だから神器が選んだのか、神器に選ばれたからこんな気質になったのか……)
考えたところで答えなど見つからない話だと、マリサは自嘲して。
「そうそう、例の捕らえた山賊達の背景ですけれど――」
シャルロッテが気にかけているであろう話題を切り出す。
「お嬢様が予想なさっていたように、彼らは他領から来た元農夫でした」
衛士達が夜通し山賊達を聴取した結果、わかった事だ。
「……どこの領?」
「チュースキン子爵領です」
マリサの答えに、シャルロッテは脳内に近隣の地図を思い浮かべる。
チュースキン領はキーンバリー領の西――サイジョー山地を越えた先にある領だ。
「……なるほどねぇ」
あまり良い評判を聞かないその領の名前に、シャルロッテは納得を示す。
「重税に耐えかねて、ってとこかしら?」
「はい。どうも租税に加えて――あれこれと名目を掲げて徴税しているようですね」
租税とは、国が領主に集めさせている税である。
基本的には各領の特産品が納められるのだが、産業に乏しい領は金で納めている場合もある。
チュースキン領もまたそういった領のひとつだ。
「追加徴税ねぇ……その名目って?」
例えばエリオバート王国の領主に認められた権利に、『初夜権』というものがある。
これは結婚の際、新婦の初夜を領主が頂くという――字面だけならば下衆の極みといった権利なのだが、実際にこれを行使する領主はいない。
この初夜権は、収入の何割かを支払う事で免除されるもので――わかりやすく言うなら、結婚に対する名目税なのだ。
そして領主はその税にいくらか自腹を上乗せして、新郎新婦を祝ってやるのが習わしだ。
そういった国に納める必要のない税の裁量権が、領主にはある程度認められている。
それは治水費用の為であったり、街道整備の為であったり――多くは領の安堵に繋がるもので、王国は年に一度、監査員を各領に送って、その税制の正否を監査しているのである。
シャルロッテの問いかけに、マリサはため息と共に首を振る。
「あとでリストを作成してお見せしますが……わたしが呆れたのは『貧困者救済税』ですね……」
「……なんともまた、お綺麗な言葉が出てきたものね」
シャルロッテが薄い笑みを浮かべる。
「名前だけでしたら、そう聞こえますよね。
――でも、実際は……」
と、マリサはその名目税の内容を説明する。
――領内の貧困者を救済する為、すべての領民は一定金額を領主に納めなくてはいけない。
「人頭税じゃない」
シャルロッテは呆れ果てる。
大昔に禁止された税制だ。
人頭税というのは、大人も子供も一定の税を納めなくてはいけないというもので。
収入というのは、その年々で変動するものだ。
特に農民などは、天候などによって収入はかなり左右される。
税を払う為には、人手が必要だが、人手を増やす為に子供を作ればさらに税が増えるという悪循環に陥る為に、現在では収入に対する割合での納税制度が施行されているのだ。
「――つまり山賊達は、そういった税を納めきれなくなって、脱領したというわけね?」
だが、マリサは首を振った。
「状況はもっと悪辣でした……」
「どういうこと?」
「――税が納められないなら、山賊でもなんでもして金を作ってこい、と。
チュースキン子爵は妻子を盾に、彼らに強要したそうです」
「……子爵は戦争でも始めたいのかしらね?」
領主は自領の民を守る義務がある。
当然、他領からの略奪に対しては、軍事力をもって抗う権利も国から与えられているのだ。
「……この事は、お父様には?」
「今朝、聴取終了と共に報告書が作成されて、王都に伝令が向かいました」
シャルロッテは脳内で計算する。
キーンバリー領都から王都まで、早馬で五日というところだ。
(そこから報告書を読んだお父様が、領地に戻られるのに一週間……)
ダリウス・キーンバリー公爵は、シャルロッテの父だけあって、苛烈な性格をしている。
報告書を読んだなら、すぐさま帰って来て戦の用意を始めであろう事は、娘のシャルロッテには容易に想像できた。
そして領民達は喜々として彼に従い、戦に参列するのだ。
(お父様が戻られてから、戦の用意が完了するまで――早ければ一日で終えられるわね……)
伊達で日頃から領内に武を奨励しているワケではないのだ。
触れを出したなら、領民達はすぐさま領都に集まる。
「……面倒をかけてくれるわね……」
想像の中のチュースキン子爵に拳を叩き込み、シャルロッテは立ち上がる。
「マリサ、チュースキン領に行くわ。
用意して頂戴」
シャルロッテの言葉に、マリサは深い深い溜息。
「……そう仰ると思ってました……
旅支度はすでに済んでおります」
報告が来た時点で、こうなる事はわかっていた。
そして、長く共に過ごした経験から、その意思は止められない事も。
だからマリサは、シャルロッテが目覚める前から、荷造りしていたのだ。
できる侍女は、主人の行動を先読みし、主人が行動しようとした時には、すでに準備を終わらせているもの――それがマリサのモットーだ。
「さすがマリサね!」
屈託なく笑うシャルロッテに、マリサは会釈して告げる。
「馬車の用意が整うまで、もう少々時間がありますので、お嬢様はまずは朝食をお取りになってくださいませ」
ここまでが2話となります。
2話はサブタイからもわかるように、お嬢様を取り巻く環境や、周囲の人々に焦点を当てた構成となっております。
エレノア嬢の百合心や頭おかしいキーンバリー領民にクスっとしてもらえたら幸いです。
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それでは3話のあとがきにてまた~