第5話 7
それが飛び出して来た瞬間――シャルロッテの判断は迅速だった。
「――目覚めてもたらせ、第二帝殻っ!」
魔芒陣が彼女の背後に開いて、巨大な手甲が出現する。
「帝殻解放っ!」
現実を書き換える詞に従い、真紅の輝きを放った手甲は、大気を貫いてそれ――漆黒の鱗を持つ飛竜を横手からぶっ飛ばした。
全長二〇メートル近い飛竜の巨体が宙に浮き、地面を抉って転がる。
「目覚めてもたらせ、第三帝殻!」
シャルロッテは躊躇も容赦もなかった。
宙に描かれたふたつの魔芒陣から一対の脚甲が現れて。
「――帝殻解放!」
真紅の輝きを放って、脚甲は砲撃の勢いで飛竜を穿つ。
漆黒の鉱鱗が硝子のような音を立てて砕け飛ぶ。
飛竜が金色の瞳をシャルロッテに向けた。
威嚇するように喉を鳴らす。
「――ミリス!」
シャルロッテが叫んだ。
「……使うわ。退きなさい」
いつにない真剣な声色。
「わかった。くれぐれも気をつけなさいよ!」
ミリスはそう応えて、エレノアの肩に手をかける。
メリッサが気絶したガルドールを戦車に放り込み――
「筆頭聖女が全力を出すわよ~! 巻き込まれたくなかったら、離なさ~いっ!」
周囲に向けて声を張り上げる。
「――シャルお姉様っ!!」
初めて目の当たりにした飛竜に呆然としていたエレノアだったが、ミリスに肩を叩かれて我に返り、シャルロッテに呼びかける。
顔だけで振り返るシャルロッテに、エレノアは胸の前で拳を握り。
「――ご武運を!」
そう伝えれば、シャルロッテは美しい笑みを浮かべた。
「ええ。任せておきなさい」
飛竜とは、空を駆ける生きた天災だ。
その討伐には、数十騎もの兵騎を要するのだと、エレノアは本で学んだ。
人の力では傷つける事のできない兵騎の外装を、たやすく引き裂く牙と爪を持ち、戦車の装甲すら物ともしない兵騎の一撃を受けてさえ、容易には傷つけられない鉱鱗を持つ超常の生物。
それを前にして――けれど、シャルロッテは笑みを崩さない。
ミリスに促されて、エレノアは戦車へと乗り込む。
マリサはすぐさま発車させた。
ミリスとメリッサも戦車の屋根へと飛び乗って。
「待ってくれるなんて、おまえ、案外賢いのね」
シャルロッテは笑みを濃くして、飛竜に語りかける。
飛竜もまた、その言葉を理解しているかのように歯を剥き出して――金の瞳を細める。
そんな飛竜に、シャルロッテは拳を鳴らし。
「――全力で行くわ」
そして、胸の前で拳を握る。
胸の奥の魔道器官から全身に魔道を通し、現実を書き換える詞を喚び起こす。
「目覚めてもたらせ。第一帝殻」
シャルロッテの背後に巨大な魔芒陣が宙図される。
真紅の光芒は、燐光をともなってひとつの形を造り出す。
それは――巨大なビキニアーマー!!
真紅の地に金の縁取りがなされた、まごうことなきビキニアーマーだった!
連結していた上衣と下衣が上下に分離し、シャルロッテの周囲に球形の積層魔芒陣が描き出されていく。
「帝殻解放!」
背後の第一帝殻の周囲にさらに五つの魔芒陣が刻まれ、手甲、脚甲、そして長剣が現れる。
シャルロッテの身体が宙に浮き上がる。
導かれるように、上下に別れた第一帝殻の中央に収まって。
真紅の閃光が走って、シャルロッテの身を包む<純潔聖衣>がほどけた。
光の繊維が伸びて広がり、巨大な人の像を創っていく。
そして――
シャルロッテは真っ裸だった。
積層魔芒陣と謎の閃光で、局部こそ外から見えないものの、本人からはすべてが丸見えだ。
(う……うぅ……っ!)
羞恥メーターが急上昇を始める。
全高十五メーターの光の女像が、地に降り立つ。
燐光を放つ純白の髪には金の額冠。
肌の色もまた陶器を思わせる純白で。
その四肢を鎧うのは真紅の甲冑。
しかし、その身は局部だけを覆ったビキニアーマーだ!
その貌はシャルロッテの造作そのもので。
胸元には、積層魔芒陣に包まれたシャルロッテの姿。
四肢を光の繊維に包まれて、顔を羞恥に真っ赤に染めた彼女は――
――目を閉じる。
シャルロッテの魔道器官が魔芒陣を通して巨像へと繋がり、合一を果たす。
いまや巨像はシャルロッテの身体そのもの。
純白の巨像に真紅の瞳が宿る。
漆黒の飛竜は、本能的に脅威を感じ取って身を低くして唸った。
『――シャルロッテ! 退避完了よ!』
遠話でミリスがそう告げる。
距離は離れているが、身体強化で視力を上げられる聖女達には、戦況は丸見えだろう。
そして、席次聖女達はこの状態の自分の姿を知っている。
シャルロッテの羞恥メーターがぎゅんと上昇した。
「速攻だわ……」
呟いて、シャルロッテは地を蹴る。
ヒールが大地を抉り、背後で土砂が土壁のように舞い上がった。
大気が割れて、衝撃波が砦の壁を吹き飛ばす。
飛竜は咆哮でそれを迎え撃った。
衝撃をともなった咆撃が巨像となったシャルロッテに激突する。
上体を仰け反らせたシャルロッテは、けれどそのまま身を回して。
「――ハッ!!」
気合の声と共に、咆撃を横薙ぎに断ち斬る。
切っ先が音速を超えて、衝撃波が飛竜へと飛んだ。
飛竜はそれを正面から受けて、地を蹴って加速。
ふたつの巨体が真っ向から激突した。
衝撃で周囲の地面が陥没し、そして吹き飛ぶ。
「ガアアアアアァァァァァ――――ッ!!」
「ぐぅ――っ!」
飛竜の牙を長剣で受けて、シャルロッテは歯を食いしばる。
両手に力を込めて押し返した。
飛竜は後方に跳んで、そのまま背中の翼を広げて宙に舞う。
「……小手調べは終わり――いよいよ本気ってワケね」
そう呟き。
シャルロッテもまた、長剣を両手で握って肩がけに構えた。
「ならば、私も――」
拡張された魔道器官に喚びかけ、現実を書き換える詞を解き放つ。
「――とこしえの……深きまどろみより、今こそ応えよ!」
巨像の全身から真紅の燐光が放たれる。
シャルロッテの周囲の球形魔芒陣が広がって、巨像を包み込んだ。
応じるように。
飛竜の喉に炎が宿る。
(……それが本気の咆撃ってコト。なら……)
大きく身を仰け反らせる飛竜を見据えて、シャルロッテは詞を繋げる。
(――勝負よ!)
「目覚めてもたらせ!」
閃光が、周囲を真紅に染め上げる。