第4話 3
――勇者とは。
冒険者ギルドに登録している冒険者の中で、秀でた功績を挙げて推挙され、国に認定された者に与えられる称号である。
聖女が神器によって選ばれて、国に認定されるように。
勇者とは、人によって選ばれて、国に認定される存在なのである。
その役割は主に魔獣の討伐や魔物の調伏。
時には戦に駆り出されるのも、聖女と共通している。
だが、勇者の所属は国ではなく、あくまで冒険者ギルドだ。
国は冒険者である勇者を支援しているという立場であり、そのため勇者にはかなりの自由裁量が認められている。
さて、そんな当代エリオバート王国認定勇者であるアレク・オーディルは、十五歳の時、学園の野外研修授業の際、その能力の片鱗を開花させた。
野外研修とは言っても、冒険者達に護衛されて王都郊外の丘へ遠足に行くというイベントだったのだが、その最中、魔獣の群れが生徒達を襲ったのだ。
生徒達が逃げ惑う中、その群れに立ち向かったのがアレクなのだという。
避難を終えて教師が点呼を取ったところ、アレクの姿が見えず、護衛の冒険者達と共に捜索したところ、彼と彼の従者の女子生徒が魔獣達の死体の中にたたずんでいたのだという。
十五歳の少年が挙げた功績としては、目を見張るものだ。
その後、アレクは護衛の冒険者達の勧誘もあって、冒険者として登録。
数々の功績を挙げて、翌年には勇者認定を受けた。
そんなアレク・オーディルのプロフィールを思い出しながら、シャルロッテは教壇の横で生徒達の顔を見回す。
――いた。
シャルロッテ自身はアレクと直接の面識はなかったが。
(……父親のオーディル伯爵に良く似ているわね)
金の巻毛に青い瞳。
整った顔立ちは、父親譲りのようだ。
彼の父親のオーディル伯爵は、社交界でも有名な好色家だ。
あちこちの令嬢淑女と浮名を流し、愛人の数は両手で足りないほどだとか。
アレクはその何番目かの愛人の子だそうで。
彼自身も父親の性質を受け継いでいるのか、その周囲は美形の女子で固められている。
(事前調査通りね……)
シャルロッテは内心でほくそ笑む。
「――皆様、ご存知の方も多いかと存じますが、シャルロッテ・キーンバリーです。
聖女などと呼ばれておりますが、今は共に学ぶ生徒として、仲良くしてやってくださいましね」
そう告げて会釈すれば、教室の中は歓声の包まれた。
先程の廊下での熱狂の再演だ。
シャルロッテは生徒達に笑顔を振りまきながら、細めた目の奥でアレクに視線を向ける。
まるで舐め回すような好色な目線は、シャルロッテの胸や尻に向けられていて。
(やはり、そういう類の人物ですか……)
視線感知と視線誘導は、聖女候補養成校で習得済みである。
アレクの視線の意味を、シャルロッテは正確に読み取っていた。
「さて、それではみなさん、一限目は魔道実技ですから移動しましょう」
アズレイアの言葉に応じて、生徒達が立ち上がる。
シャルロッテもまた、生徒達の後に続いて、校庭の一角にある魔道演習場に向かった。
魔道実技とは、要するに攻性魔法の演習である。
貴族子女の護身術の一環として、学園では攻性魔法を教えているのだ。
演習場には、長さ三〇メートルほどのレーンが五本並び、その先には五つの的人形が立てられている。
三年生ともなれば慣れているのか、アズレイアの簡単な注意の後、生徒達は指示される事もなく、レーンに並んで魔法を放ち始めた。
「……ふむ」
生徒達の様子を眺め、シャルロッテはおおよそのルールを理解する。
要は魔法を的人形に当てれば良いらしい。
(――動かない的を使うなんて、養成校では考えられない事ね)
聖女候補養成校での訓練は、常に実戦形式だった。
はじめの的は魔道局謹製の魔道人形だったし、二年目からは同級生を的にさせられた。三年目は魔獣が相手だ。
世の中の一般的な魔道実技というのは、どうやらすごく甘やかされたものらしい、と。
シャルロッテは自身の認識と世の中の常識の乖離に、なんとなく可笑しくなって笑ってしまう。
そんな中、女子達から歓声があがって、シャルロッテは物思いから現実に引き戻された。
見ると、レーンにはアレクが立っていて。
「今日は特別ゲストもいる事だし、ちょっと本気を見せちゃおうかな」
と、彼は髪を掻き上げ、シャルロッテに流し目を送ってくる。
その仕草にイラっとしたものの、シャルロッテは持ち前のツラの皮の厚さでそんな内心を押し隠し。
「あら、勇者様の本気を見られるなんて、光栄だわ」
などと、微笑みを返す。
「ああ! 見ていてくれよ!」
歯がきらめいたのは、なにか独自の魔法でも使っているのだろうか。
そんな仕草さえもが、シャルロッテの癪に障る。
シャルロッテの内心など露知らず、アレクは右手を前に突き出し、左手をそれに添える。
「来たれ、火精よ」
現実を書き換える詞に喚ばれ、アレクの周囲に三つの火球が出現する。
それは見る見る大きく膨れ上がり、五メートルにまで膨張する。
「――射抜いて滅ぼせ!」
瞬間、火球は孤を描いてレーンを飛び、螺旋を描いて一つとなって、的人形に着弾した。
火柱が上がり。
「――爆ぜよ!」
爆発。
的人形が宙に舞い上がり、重い音を立てて地に落ちる。
「おおーっ!」
興奮気味に男子達が声をあげ。
「さすがアレク様!」
女子達が声を合わせて歓声をあげる。
「あれぇ? 僕、なんかやっちゃいました?」
アレクはそうすっとぼけて、女子達に笑みを向ける。
まるで当たり前の事をやっただけ――そんな素振りだ。
シャルロッテは驚きを隠せなかった。
「なんて――」
その威力にではない。
(――なんて程度の低い!)
あれが民の刃たる勇者だというのか。
思わず目眩さえしてくるほどだ。
あの程度の火精魔法に喚起詞を三節も要する事も。
的人形を吹き飛ばすのに、あんな巨大な火球を用いる事も。
すべて実戦向けとは思えない。
実戦であんな火球を使おうものなら、味方や周囲を巻き込んでしまう。
(そもそも本当に実戦経験があるのかすら、怪しくなってきたわね……)
そう内心でひとりごちるシャルロッテに、アレクは前髪を掻き上げて笑顔を送ってくる。
「どうだい? 見てくれたかな? 僕の力を!」
シャルロッテとしては、あの程度でドヤれる神経が理解できない。
養成校の一年でさえ、半年も経てばアレより実戦向けな魔法運用をこなして見せるだろう。
恥ずかしい。
身の程知らずにもドヤってられるあの男が、どこまでも恥ずかしい。
(なんかやっちゃいました? って――頭をやっちゃってるんじゃないかしら)
そんな気持ちを必死に押し殺し、シャルロッテは微笑みを顔に貼り付ける。
「す、すばらしいですわね……ぅくっ」
そう答えるのが限界だった。
吹き出して笑い転げなかった自分を褒めてあげたかった。
一方、そんなシャルロッテを見たアレクは、自分に都合よく解釈した。
笑いを堪えて目尻に涙を浮かべ、顔を真っ赤に染めたシャルロッテは、彼の視点ではひどく感銘を受けているように見えたのだ。
いわゆる、『――堕ちたな……』である。
そう見えない事もないのが、なんとも面倒臭い状況に拍車をかけた。
「――シャルロッテ様も魔法を見せてくださいよ~」
そう声をかけてきたのは、アレクの取り巻き女子のひとりで。
その女子生徒は、勇者であるアレクの直後に聖女のシャルロッテに魔法を使わせる事で、格の違いを周囲に見せつけようという魂胆だった。
彼女にとっては、アレクが気にかけ始めているシャルロッテは、明確に敵なのだ。
そして、アレクがシャルロッテに劣っているとは、微塵も考えていなかった。
だからこそ。
シャルロッテは正確にその思惑を読み取り、笑みでもって応じる。
「そうね。せっかく勇者様がお力を披露してくれたのだもの。
私も見せなくてはね」
そして、シャルロッテはレーンに立つ。
神器を得て丈夫になったシャルロッテは、養成校の鍛錬によって、神器なしでも席次クラスの能力を保有している。
具体的には、次席のミリスと真っ向から殴り合いして勝てる程度には。
当然、魔法もしっかりと鍛錬しているわけで。
魔道器官から魔道を通し、声に乗せて詞を放つ。
「――貫きなさい」
アレクら生徒達のように、手をあげる事もなく。
ただそれだけで、閃光が駆け抜けた。
静寂。
「……なにかやったのか?」
誰かが呟いたその瞬間――的人形の頭部が弾け飛んだ。
アレクが吹き飛ばしたもの以外の、すべての的人形の頭部が、だ。
「――ええええぇぇぇ!?」
生徒達が驚愕の声をあげる。
そんな生徒達にシャルロッテは微笑みを向けて。
「なんて言ってたかしら?
……そうそう。私、なにかやっちゃいました、だったわね」
ドヤるなら、せめてこれくらいやって見せろという――それはまさに挑戦状だった。
「さ、さすがは聖女だね。
まあ、僕も本気になれば、あれくらい簡単にできるけど。
今回はゲストに華を持たせてあげよう」
もっとも、アレクには通じなかったようだが。
「さすがアレク様! お優しいわ!」
周囲の女子達もアレクを持ち上げはじめて。
「……さっき本気を見せるって言ってたわよね……」
だから、シャルロッテの呆れたような呟きは、誰にも聞き取られる事はなかった。