第3話 3
「――ダメです、お姉様! ぶつかっちゃう!」
戦車の中で、エレノアは自分の叫び声に驚いて目覚めた。
「お気づきになられましたか?」
対面の座席に腰掛けたマリサが声をかけて来る。
「マリサ……」
そうしてようやく衝撃のショックで、自分が気絶していたのだと気づくエレノア。
「シャルお姉様は?」
「――ご覧になりますか?」
と、マリサは座席を回して制御盤に向き直った。
分厚い鋼板で覆われた戦車内の進行方向側内壁には、魔道騎馬や車体の操作を行う為、複合魔道器制御盤が設置されている。
鍵盤楽器のような造りをしたそれに、マリサが手指を走らせると、車内に軽やかな和音が響いて、前面の壁に遠視の魔法を応用した映像板が出現する。
窓などない戦車内では、こうして外の様子を確認するのだ。
そうして映し出されたのは――旋風だった。
シャルロッテとミリス、ふたりの聖女が拳を、あるいは脚を振るい、居並ぶ傭兵のような風貌の男達を次々と叩きのめして行く。
「ミリス様がなぜ?」
「偶然、いらっしゃっていたようですね。
聖女のお勤めだそうです」
「ああ、ミリス様は次席ですものね」
王子妃教育を受けていたミリスは、当然、聖女管理局についての知識もある。
――聖女。
それは他国においては、癒やしの象徴として語られる言葉である。
だがここエリオバート王国において、その名称は圧倒的な武を誇る、力の象徴として語られる。
初代聖女から続く歴代聖女は、その武をもって民に希望を示してきた。
だが、神器が常に乙女の誰かを選んできたわけではなく、当然、聖女不在の時代も存在した。
そんな時も、エリオバート王室は歴代の聖女が残した技を時代に受け継ぐべく、才能ある乙女達に席次を設けて、聖女として管理してきたのだ。
それが聖女管理局のもう一つの役割である。
神器適正検査で神器に選ばれないまでも、優れた身体能力や魔道の才能が認められた乙女は、本人の希望を確認されて、望むならば聖女候補としての訓練を受けることになる。
ミリスもまた、神器にこそ選ばれなかったものの、持ち前の才能とシャルロッテへの対抗心で次々と席次を駆け上がり、現在ではシャルロッテに次ぐ、聖女管理局の武として君臨しているのである。
聖女管理局の戦装束を身にまとったふたりの乙女は、まさに暴力の竜巻だった。
次々と男達を薙ぎ払い、叩き伏せ、ぶっ飛ばしていく。
そんな二人に。
館の三階の窓から長銃を構える男が見えて、エレノアは息を飲む。
「――お姉様、危ない!」
身体は自然に動いた。
伸ばした手は制御盤に向かい、道中、マリサが魔獣を追い払うのに見せた動作を正確に再現。
車内に和音が響いて、車体が衝撃にわずかに揺れる。
左に設置された二本の攻城槍のうち、上部のものが射出される。
――破砕音。
本来は城攻めに使う長大な槍は、三階の窓を周辺の壁ごと砕いた。
「エレノア様、やりますね」
マリサが称賛の笑みを浮かべ、制御盤を操作して攻城槍の尻に結ばれた鋼糸ワイヤーを巻き上げる。
投影された映像の中で、シャルロッテが微笑むのが見えた。
「わたし、シャルお姉様のお役に立てたでしょうか?」
「ええ、きっと」
マリサに肯定されて、エレノアは拳を握る。
(いまはまだ……このくらいしかお役に立てないけれど……)
シャルロッテと色違いの戦装束を身にまとい、彼女と肩を並べて男達を薙ぎ倒していくミリスを見つめる。
(……いつかきっと、わたしも――)
攻城槍が館に撃ち込まれたのを見て、ミリスは一瞬唖然として。
「――ねえ、今のってあんたの侍女?」
長剣を掲げて迫ってきた男に身を沈め、足払いしながらシャルロッテに尋ねる。
宙を掻く男の脚を片手で掴み、ミリスはそのまま男を振り回した。
「いえ、マリサはこういう時、戦闘に介入しようとはしないから――」
シャルロッテもまた、振り下ろされた長剣を手甲で受け止めながら、そう応える。
聖女管理局本舎にある光耀樹の枝を削り出して造られた手甲は、鉄剣くらいたやすく弾く。
クルリと身を回したシャルロッテは、その勢いを乗せて男の頭部に回し蹴り。
宙に浮いた男の脚を掴んで、ミリス同様に振り回し始める。
「きっとエレンね」
打ち合わせもなしに、ふたりは手にした男をぶつけ合う。
「ガ――ッ!?」
男達の苦悶が響くが、ふたりはいまさら気にしない。
「エレン?
……ああ、ガリオノート侯爵家の。
ずいぶんと思い切りの良い娘なの――ね!」
別の男の胴に拳を叩き込みながら、ミリスが笑う。
「ええ、悩みの種だったバカから離れられて、いろんな事に興味を持ち出したのよ。
――可愛いでしょう?」
シャルロッテもまた、ふたり同時に襲いかかってきた男達の攻撃を紙一重で掻い潜り、的確に急所に拳を叩き込んだ。
「こちら側に来る気かしら?」
「私の役に立ちたいって、よく言ってるわね」
「仮にも元王子の婚約者が、ずいぶんとはっちゃけたものだわ!」
軽口を叩き合いながら、ふたりは容赦なく男達を沈めていく。
「――ば、化け物だ……」
男達から畏怖の声があがり始めた。
「……あの戦闘スタイル――お、俺、昔見たことある……」
男達の中で、年重の男に告げる。
「あれはまだ俺が駆け出しの頃だ……」
不意に回想めいた事を始める男に、しかし男達は手を止めて、その話に聞き入った。
ぶっちゃけ、完全にシャルロッテ達にビビっていたのだ。
「――当時は隣国とのいざこざで、東の国境が騒がしかった頃だ」
十数年ほど前の頃になるだろうか。
「俺達の隊は国境の村の防衛を任されていたんだが、そこに山賊に扮した隣国の兵の一団がやってきたんだ……」
たった五人の小隊に対して、相手は三十名以上の集団だった。
「仲間達は次々と斬り捨てられ、村には火をかけられた。
蹂躙される村を前に、俺は村人達と逃げる事しかできなかったよ……」
男達は戦いを忘れて、年長の男の話に息を呑む。
「――そこに現れたんだ。
あの女が……」
それは美しい亜麻色の髪をした女だった。
「あ、ああ、あいつらと同じような格好した、小柄な女だった。
そして、笑いながら――踊るようにして、敵を瞬く間に一掃して……」
男は心底恐怖しているように、ブルブルと震えながら。
「正直、助かったことより、あの女に恐怖を覚えたよ。
絶対に敵に回しちゃいけねえやつぁ、存在するんだって思った……」
男の言葉を腕組みしながら聞いていたミリスは、視線だけをシャルロッテに向けて。
「武踏の使い手で、亜麻色髪の小柄な女ですってよ……」
「……時期的に考えて、十中八九、師匠でしょうね……」
応じるシャルロッテは苦笑。
先代次席聖女は、勝ち気なふたりをもってしても逆らえない――数少ない恐怖の対象だったりする。
「――おい、今あの女、師匠っつったか!?」
「ダヴィドのおっさんが、こんな恐れてるヤツの弟子だって!?」
男達はざわつき、及び腰になる。
「や、やってられるか!
俺ぁ降りる! 端金であんな化け物女の相手なんてできるか!」
ひとりがそう叫ぶと、男達は次々と賛同し、武器を捨てて逃げ出し始める。
そんな男達の背を見据えて、シャルロッテとミリスは肩をすくめる。
「あら、レディを前に逃げ出すなんて、マナーのなってない方達だわ」
ゴキリと拳を鳴らすシャルロッテ。
「いかに平民と言えども捨て置け無いわね。
淑女としてしっかりと躾けてあげないとだわ!」
ミリスもまた拳を打ち合わせて。
そして、一方的な蹂躙が始まった。